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60. ミノタウロス討伐



 必要量の薬煙を洞穴に流し込み、十数分。最初に入り口の柔い土壁を破って出てきたのは一匹のオークであった。


 大きさは2メートル半といったところか。オークは討伐対象外のため、護衛の一人が鉛の鎖を操作しオークの両足を捕縛する。その身を踏み越えるよう、飛び出してきたのは牛型の頭を持つ魔物。ミノタウロスであった。


「さっそくエモノのお出ましですよぉ! シュルツ殿下!」


 リオレスの掛け声に合わせ、シュルツは短杖を構えると土の魔法を地面に解き放った。二方に現れた土の壁に、ミノタウロスは誘導されるようシュルツの方へと走り出る。


 猛然と迫り来る魔物をシュルツは十二分に惹きつけた後、不意に脇へと逸れた。


 ミノタウロスが彼の方に向きを変えようとした途端、その進行方向を遮るよう尖った土の槍が地面から召喚される。

 魔物の足が止まりかけ、しかし勢いを殺せぬまま前に滑り込んだ身が、不意に柔い土の中へと沈み込んだ。


 

 落とし穴。獣の狩猟にも度々用いられる、原始的な仕組みの罠である。

 

 直後上がる、魔物のおぞましい断末魔の悲鳴。垂直に穴へと落ちたミノタウロスの体が、その自重によりシュルツの生成した土の杭に貫かれたことが見ずとも分かる。


 やったぁ! 流石は俺のシュルツ、本番にも強い。


 己が伴侶の戦果を存分に讃えるべく、俺は勇んで彼のそばへと駆け寄る。そうして気付いた。

 

 穴を覗き込むシュルツの顔が、にわかに青ざめている。

 ついで土の杭の魔法を解除したのだろう。ドサリと重いものの落ちる音が穴の中から響いた。


「……シュルツ様」

「っ、ああ……すまない。ミノタウロスの、残数は?」

「先ほどロミアスさんが一頭仕留めてました。後は」


 長杖をシュルツの背後に構え、魔力を解き放つ。

 勢いよく弾け飛ぶミノタウロスの肉片と血が、男の髪と服を汚した。


「残り二頭です」

「そうか」

「……予備の罠はまだ生きてますね、もう一度やれそうですか? シュルツ殿下」

 

 あえて感情を押し殺した声で語りかける。辛そうな様子を見せる伴侶を前に、無理をさせたくない気持ちも確かにあった。しかしそれ以上に頭の中の、まるで自分でないかのように冷静な部分が語りかける。

 

 戦場では、平静さを失ったものから先に死んでいく。

 ゆえに今この場では一切の甘えも許してはならないのだと。


 詠唱し、再度魔法を長杖の先端に充填した。それを見て、シュルツは一拍置いた後、自身の杖先に魔法を込めるべく呪文を唱える。


 ああ。おそらくこれはきっと、自分の方がおかしいのだろう。前々からその自覚はあった。

 戦いの経験などまともに無い筈の頭と体が、死地に立った途端スムーズに動きだし。存在しない筈の知識と経験の蓄積が脳内に洪水の如く溢れかえる。


 これが天から授かりし勇者の力というものなのか、自分にも分からない。

 何せこの世界に召喚された時、この世界の神様とやらは俺になんの説明もしない所か、目の前に現れることすらしなかった。

 

 まったく……俺みたいにいい加減であいまい耐性高い人間じゃなきゃ今頃やってけてないからな? 感謝してくれよなこの異世界の神様はよぉ。実際いるのか知らないけど。


 そんなどうでも良いことを考えながら、魔物の雄叫びを前に洞穴の方を見やる。そこには4頭目のミノタウロスが大きな角を振りかざし、もうもうと立ち上がる煙幕の中から姿を現していた。


 念の為にと杖を構え、シュルツに目配せする。

 彼は魔物の血と臓物にまみれ、未だかんばしくない顔色のまま。しかし短杖を強く握りしめ、その足を一歩前へと踏み出した。


 

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