59. 下準備
朝、疾馬を飛ばし辿り着いたのは、森をかき分けるようそびえ立つ大きな洞穴であった。
入り口の周辺には、獣の骨らしきものや食べ残しの残骸が散らばっている。これは、洞穴に住むオーク達が残したものだろうか。それとも。
「ここは昔よりオークの繁殖地として知られている場所です。定期的に見回りをし個体数の確認と調整をしていたのですが……数日前からミノタウロス5体がここに出入りしているようで、すみかを追われたオークの何体かが近隣の村付近をうろついている状況です」
近所の村の人々からすればたまったものじゃないだろう。現地から兵として招集されている男らも、不安そうな表情でパウルの話を聞いている。
念の為の確認にと、問いかける。
「オークの個体数は?」
「雄が12体。雌が15体。子は50前後。ですが雄のオークの半数は縄張り争いに負けて逃げ出し、洞窟に取り残された母子の一部は、今頃ミノタウロスの餌になっているかと」
魔物の世界も弱肉強食だなぁ。しかし今の情報。少なくとも無策で洞窟に突っ込む訳にはいくまい。となると現実的な手段は。
「……薬煙での炙り出しは可能ですか」
「ええ、ロミアス殿。近隣の拠点から、必要量のケムリ草は持ち出しています」
パウルの合図で、領民の男が布袋一杯に詰まったそれを用意する。準備が良いな。まあ元々討伐の予定があったようだし、その折に集めていたのだろう。
ケムリ草は、燃やすと魔物が嫌がる煙を大量に発する特殊な植物だ。繁殖力が高く、人の住む場所であれば何処にでも生えている。民間の魔物避けや、結界魔法の材料としても使われる。便利だよなこれ。
「……少しばかり量が少ないのでは?」
「あまり量を焚くと、巣穴に隠れ住むオークの母子まで出てきてしまいますから」
パウルやロミアスらが薬煙の準備をする間、俺とシュルツ、護衛の一人はミノタウロス退治の下準備を進める。
「お、ここなんてどうです? シュルツ様。土も柔らかくて、耕しがいがありそうだ」
そう言って、男は赤茶けた地面の上で幾度か足踏みする。
リオレス・ルーミエ。灰褐色の髪を持つ長身の青年は、リオナの兄にしてルーミエ家の次男だ。今回ダミアンに代わり、俺とシュルツの護衛をすることになった。
「……悪くはないが、この付近は約2メートルで岩盤に突き当たる。掘るならもう少し高さが欲しい」
「へぇー、そんなことも分かるんです? 流石は土のプロフェッショナル」
土魔法で辺りの地質を確認するシュルツに、リオレスは感心したような口ぶりで言葉を紡ぐ。
「リオレスさんは水属性なんですよね」
「へへ、まぁただ水以外はからっきしで……ルーミエの家の人間は皆そうなんです。お役に立てず、すみませんねぇ」
まあ見ててそんな気はしてた。大丈夫ですよと相槌を打ちつつ、自身もシュルツから教わった土魔法で辺りを探る。
魔法は「無から有を生み出す」ものと「既に在るものを操作する」ものと、大きく二つの種類に分かれる。
今行っているのは後者の魔法の応用だ。土を「操作」するにあたり無意識下で行われる、物質の探知と調査を意図的にそれのみで実施する。
しばらく魔法を試し、そうしてふと自身の足の下の地面に、手応えを感じた。
「シュルツ様」
俺の呼び声に、シュルツはこちらへと来て探知の魔法をかける。彼は土を主属性とするだけあり、俺よりもかなり深い地点まで探れるようだ。
「……ここなら良いだろう」
「殿下ぁ。そこだと大分洞穴から離れてますが、大丈夫なんです?」
「構わん。私の方でなんとかする」
シュルツは剣と二本の杖を吊るした腰に手をかけ、長杖を取り出す。
ここから先もぶっつけ本番だ。……まあ最悪、俺やロミアスが援護するし命の危険はない筈。
向こうでは、既に薬煙の準備が完了していた。柔らかい土で洞穴の入り口の大部分を覆い、煙が流れ込みやすいよう整えられている。あとはこちらの準備が出来次第、火を点けるだけだ。
頭の中で段取りを整える。現状こちらに優位な状況といえど、ここは戦地。やはりどうしても気は抜けなかった。




