【番外編】パウルの恋煩い
「お一人ですか。ロミアス殿」
見回りの最中。客人の部屋の付近に控える青年、ロミアスの姿を見かけ声を掛ける。
「パウル殿、どうしてこちらに」
「父からこの付近の警備をするよう言われまして。他の護衛の方は」
「ええ、ポルクスは明日の任地の下見に。リオレスは私と共に警備の手筈でしたが……全くどこにいったのやら」
そう言って苦笑いを浮かべる伏目がちな青年の顔。パッと見は素朴な印象を与える風貌だが、よく見ればその面立ちは美しく整っている。
「隣、よろしいですか」
「……構いませんが、見回りの方は宜しいので?」
「ここが最後ですので。しばらくしてから戻ります」
そう言って彼の横に立つ。いささか気まずそうなロミアスの横顔を傍目に、言葉を紡ぐ。
「先月のマンティコア討伐以来ですね」
「……ええ」
「あれからフェリペ殿下との仲はいかがです」
俺の直球の問いかけに、ロミアスはしばし沈黙したのち口を開く。
「仲も何も……殿下と私の間には元よりなにもありません」
「フェリペ様や周りの者は、そうは思っておられぬ様子」
「何がおっしゃりたいのです? パウル殿」
ロミアスが怪訝な色を隠せぬ顔つきでこちらを見やった。いくばくかの緊張を飲み込み、俺は用意していた言葉を紡ぐ。
「俺は……ロミアス殿と初めて会った六つの頃より、貴方をお慕いしております」
「……え」
「しかし俺の兄ドエルと、ロミアス殿の妹御はその時すでに婚約関係にあり、今では両者とも結ばれ子も儲けた。ゆえに俺はこの歳になるまで、姻戚である貴方に懸想する自らの気持ちを抑えてきたのです」
「そ、そうだったの、ですか」
彼は心底驚き、困惑を全面に押し出した表情でこちらを見やっていた。だがその中に、微かな動揺と熱のようなものを感じ取り、はやる気持ちのままに言葉を紡ぐ。
「……ですがあの日。戦地の天幕でフェリペ殿下に手籠めにされる貴方の姿を垣間見て、俺は改めてロミアス殿に対する己が想いを自覚しました。もし貴方が、フェリペ殿下と想い合う仲なのであれば、俺は潔くこの身を引きましょう。しかしもし、そうでないのならば……」
「っ、パウル殿」
ロミアスが、押し殺した声色で俺の言葉を遮った。
「今日、私はユウマ様とドミニク様がとある賭けをなさったと耳にしました」
「……」
「その結果が明らかにならぬ限り、貴方の今後もまた定まらぬことでしょう。今ここで、その話を私にすることに何の意味が」
「定まらぬ今だからこそです」
目の前の彼が、小さく息を呑む音が聞こえる。
「シュルツ王子は父が思う以上に強かなお人だ。万が一は無いと思いこそすれ……もし私の未来が定まれば、こうして貴方に想いを打ち明ける機会も二度と訪れはすまい」
縋るような気持ちで、隣の彼の手のひらに自身のそれを触れさせた。一瞬ロミアスはびくりと体を震わせたが、こちらを拒絶する様子はない。その反応に、俺もまた内心でひどく安堵する心地を覚えた。
「今、貴方からの返事を求むつもりはありません。だがもし、事が俺とロミアス殿の主君らの思うように進むのであれば。今一度その時、貴方からの返事をお聞かせ願いたい」
ロミアスは、顔を俯かせ沈黙を続けている。その己より小さく白い手に指を這わせると、彼はおずおずとした様子でその口から言葉を紡いだ。
「……パウル殿。貴方は類い稀なる火の属性の持ち主。それに我が家ペーリエとも、妹のミレニアが嫁ぎすでに両家の縁を結ぶ役割を担っているはず。貴方のお父上、ドミニク様がきっと許しはすまい」
「父は、ロミアス殿の魔法の腕前と見識を常々称賛しておりました。貴方こそがヴァリエの偉大なる魔法使いフラミスの正当な後継者であると。父ドミニクは貴方の血脈でなく、貴方自身の才と能力に価値を見出しているのです。俺たちの婚姻に賛同しこそすれ、反対の意を唱える事はありえません」
自身がその言葉を発した時。ロミアスの美しい薄青色の瞳の奥深くに、瞬くようなきらめきが垣間見えた気がした。




