56. シュルツの酒癖
「ハッハハハ! ユウマ殿は魔法の腕のみならず、全く酒にもお強いようだ。この地の酒は口に合いますかな? これは「老竜の火酒」というものでして、好事家の間では中々に評判の品。お気に召して頂ければ何よりで」
「ハハ、はい。とても美味でございます、ドミニク殿」
待ってさっきから注がれる量と頻度がハンパないんだけど。
ランバル邸にてもたらされた歓待の宴。そこで俺は素朴ながらも味の良い食味と多量の酒にもてなされ、文字通りアルコールの海に溺れる心地でドミニク卿の歓待を受けていた。
原則として、この世界の酒は現代に比べ度数が低い。しかし今自身の杯に満たされるのは、それでいて尚、おそらく現代の日本酒程度の度数がある。
飲むペースを落とせば良いと、そう思うやもしれない。しかしこちらが杯を空けた際でなく、一定量飲んだ所ですぐさまドボドボとカップの縁まで注がれるのだ。さ、流石に手もとがおぼつかなくなってきた。助けてシュルツ。
「……ドミニク殿。我が伴侶もそろそろ酔いが回ってきた頃合い。何か粗相があるやもしれぬ。今宵の宴はここまでで宜しいか」
「随分とつれないことをおっしゃるものだ、シュルツ王子。見れば奥方と異なり、貴殿の杯は中々進んでいないように見える。勇猛な異邦人殿に代わり、今度は貴方が伴侶を前に男気を見せる頃合いなのでは?」
そう言って、ドミニクはシュルツの杯に酒をなみなみと注ぎ、意地の悪い笑みでこちらを見やる。
……参ったな。俺の知る限りシュルツはおそらく酒が得意ではない。アリエス陛下がヴァリエに来訪した時の夜も、彼は水割りの果実酒を時間をかけ飲み干していた記憶が脳裏をよぎる。ここは、多少無理をしても自身が引き受けた方が良いか?
そう思っている間に、シュルツの手は杯を掴み。そうして持ち上げたそれに口をつけ、一気に自らの喉元へと流し込んだ。うわっ、だ、大丈夫?
「……ドミニク。貴方は私の酒癖の悪さをご存知だろう」
「それでもだ、シュルツ王子。酒がなければ吐き出せぬ、互いの本音を語らい合おうではないか……全く、我が家と縁を結びたいと申し出ながら、自らは前に出ず己が妻を矢面に立たせる体たらく。かつて魔王や魔物との戦いにおいて前線に立ち奮迅の活躍を見せた、かの勇者の子孫とは到底思えぬわ」
「その発言を撤回して頂こう。私にも考えがある。国政というのは、ただ自らが表に立ち戦うことだけが全てではない」
「ああ、やめだやめだ。そのハラルド譲りのまどろこしさは私の性に合わぬ。単刀直入に述べよう。私はユウマ殿のことは認めるがシュルツ王子、貴殿のことは我が上に立つ君主として認められぬ」
め、めっちゃ正直〜〜……これワンチャン不敬罪に問えるんじゃ。いや、公の場じゃないから無理だなぁ。
「……私に戦いの才が無いからか」
「左様、私にとって王侯貴族の本分は魔物の脅威から無力な民草を守ることに他ならない。エクス王子はその点、貴殿より遥かにその役割に対し誠実に向き合っているように見える」
ドミニクは、一国の王位継承者に対し極めて不遜な態度ながらも、その言葉には筋が通っていた。
まあ見るからにゴリゴリの武闘派貴族だからなぁ……。俺個人の見方では、シュルツも中々悪くない才と能力を持っていると思うが。それが周囲に正しく伝わっていなければ意味がないのだろう。
「……ここから疾馬で2時間ほどの場所に、洞窟がある。オークの巣窟なのだが、近頃はミノタウロスの目撃情報も上がっていてな」
「数は?」
「見立てでは5体といったところ。繁殖して群れを作られると厄介だ。明日討伐に向かう予定だが、ここに貴殿も加わって頂きたい。ミノタウロス1体。これを自らの剣と魔法のみで打ち倒すことができれば、私も貴殿の言葉に耳を貸すようにいたそう」
ミノタウロス。体長3メートルほどの牛型の頭を持つ魔物の名だ。オークよりは強いが、マンティコアやグリフォンには劣る中級ランクの怪物。並の貴族も、単独での討伐は少々手こずる相手とされている。
「……承知した」
シュルツが、がたりと席を立つ。
「だがその討伐は、私とユウマと護衛3名で請け負わせてもらう。貴殿からは1名、監視代わりに人を寄越してくれれば良い。それで構わないか」
「……ふん、用心深いことだ。良いだろう、貴殿の言う通りにしようじゃないか。シュルツ王子」
「……あの、すみません」
俺は、おずおずと二人のやりとりに口を挟む。
「何かね」
「シュルツ王子は、どうやら随分と酔っておられるご様子。ここで席を外させて貰っても……」
「私はもう慣れているゆえ、そのままで構わん。ユウマ殿も楽にせよ」
慣れ……ええ、酔うとこんな感じになっちゃうんだ? シュルツ王子。
質素な内装ながらも重厚感のあるランバル家の邸宅。そこで俺はシュルツに抱き上げられ、今はその膝の上に乗せられ背中から抱き締められていた。
か、帰りたい…………。




