53. 俺 VS シュルツ
あの後一通りの鍛錬をこなしたシュルツは、休憩を挟んだ後、中庭の一角にて同じく木剣を構えたダミアンと向かい合っていた。
勝負の始まりを告げた後も、両者が動く事はない。緊迫した空気が続き、最初に一歩を踏み出したのはシュルツの方であった。
地面を蹴って正面から切り込み、大ぶりな動きでダミアンの頭上に剣を振り下ろす。
その動きを見切った彼が体を逸らすと同時、シュルツは素早く剣の持ち手を切り替え、ダミアンの首筋めがけ木剣の刃先を当てようとする。
途端、シュルツの持つ剣が上に弾かれ宙を舞った。
ヒュンヒュンと音を立てそれが地面に突き刺さると同時。彼の太く逞しい首筋にはダミアンの持つ木剣がぴたりと押し当てられていた。
…………いや強っっよ。シュルツのそれと異なり、彼の剣筋は俺でも全く目で追うことが出来なかった。
「……参った。降参だ、ダミアン」
「貴方にしては珍しく、功を焦りましたな。戦いの場においては、いついかなる時も平静を保たねばなりません。シュルツ王子」
その言葉に、男が長い灰色のまつ毛を伏せ俯く。いやシュルツも良く頑張ってたよ。それにほら、俺の目の保養にもなったし……そうだ。
「あ、あの。俺も一度戦ってみたいです。シュルツ様と」
俺がそう言うと、シュルツとダミアンは驚いた表情でこちらを振り返った。いやそうだよな、俺だって驚いてる。でも。
「……剣を握った経験はあるのか」
「無いんですが、何かいけそうな気がするんですよね。あ、ありがとうございます」
ダミアンから木剣を受け取り、シュルツの前に立つ。心の赴くままに武器を構えた。多分これで合ってるよな。うん、大丈夫そうだ。
俺の構えに、シュルツの顔が驚きから微かな緊張を帯びたものへと変わる。俺も剣の柄を握りしめ、一定の間合いをとりながら、自らの足を動かした。
……どう崩すか。角度とタイミングはここかな。そい!
「ッおわっ!」
シュルツの攻撃を誘った後、隙を見計らい下から切り返そうとしたその時だった。互いの刃がぶつかり合った瞬間、凄まじい力で木剣が地面に弾かれ勢いのまま自身もすっ転ぶ。お、お、尻が痛い。剣をはたき落とされた利き手が、じんじんと痺れていた。
「……! 大丈夫か、ユウマ!?」
シュルツはハッとした後、慌てた様子でこちらへと駆け寄る。いやあ……ハハ。すみませんね俺みたいなオジサンが調子乗っちゃって。やっぱめちゃくちゃ強いじゃん俺の伴侶。惚れ直した。いってて。
「……驚きました。その技をどこで学ばれたのですか、ユウマ様」
「いや、本当に経験はないんです。でも何故か、今しがたフッと頭に思い浮かんだんだよなぁ」
「その構えと剣筋は、我が祖父を最後に絶たれた古の剣。私も数えるほどしか見た事はありませんが、かつてグーリン家が食客として抱えていた異邦人により伝えられたものです」
何それ知らん。そうなの?
「……剣と魔法の力により、エンシェントドラゴンを単身討伐したシュヴァン・グーリンの師か」
ああー……それは何かの本で読んだ気がする。八百五十年も昔。魔王亡き後もまだ人々が魔物の支配を脱しきれていなかった時代。最強の竜種たるエンシェントドラゴンをたった一人で討伐し、その他多くの強大な魔物を一人でに葬ったとされる稀代の怪物……いや英雄。シュヴァン・グーリン。
一説では魔王の生まれ変わりだの何だの言われ、その凄まじい経歴故、時に実在したかすらも危ぶまれる伝説の人物だ。
……え、そんな化物の師匠とか言われてる人間と同じ技使っちゃってたの俺? こ、こわぁ。
「異邦人ササキ。剣の侮られるこの世界において、彼の技だけは後世にまで讃えられ、祖父の代まで伝えられてきた。我が剣の師の技に、ここで合間見えたことを光栄に思います。ユウマ様」
「いや、俺は本当に何も……」
「シェルフのグリフォン討伐の折もそうでしたが、こたびの件で確信いたしました。ユウマ様には天から授けられし戦いの才がある。ランバルの地へ赴くシュルツ王子の元に、私が随伴出来ぬことをいたく口惜しく思っていましたが。貴方のおっしゃるよう、勇者の同胞たるユウマ様が王子の側にいて下さるのであれば、私も安心して自らの新たな任に邁進できるというものに御座います」
今ランバルって言ってた? え、来れないのダミアン? 俺たち三日後、敵地に赴くというのに?
「……シュルツ様」
「ダミアンには今回、スーデンでの任務を命じている。ランバル家とグーリン家の当主は犬猿の仲でな。その家の者が、互いの領地に出入りする事を禁じている」
えぇー……だからって王子の護衛が出禁になることある?
まあただ、今回のランバル領訪問の目的を考えれば、シュルツの判断もあながち間違いではないのだろう。
ランバル家は、エクス王子を擁立する第二王子派の要石といって良い存在。将来エクスを王とした後、俺たちが気ままに過ごす為には、まずランバルの家の長と親交を深める必要がある。
『中立派のほとんどは、第一王子派と第二王派子双方に血縁者が存在する。どちらかが王となった時、例えば第二王子の派閥が第一王子の派閥を害するような事態が予想されるなら、我々はシュルツ様を王に推すことでしょう』
かつてフラミスが俺に言った言葉だ。
この課題は、当然シュルツにも共有している。二人で幸せな異世界ライフを送る為にも、ここでの失敗は許されなかった。




