【番外編】二人の美少年
「アドニスがまさかそこまで俺のことを好いていたとは」
「……」
「フフン、まあ俺の罪な美しさをもってすればそれも致し方あるまい」
さらさらと滑らかな白金の髪をかきあげ、ナルシスはそう気障ったらしい口ぶりで俺に微笑みかける。
やっぱムカつくなコイツ……。
その苛立ちをわざわざ隠す仲でもない。俺はしかめ面のまま、半ば吐き捨てるようナルシスに言葉を返した。
「……俺とお前を一緒にするなよ、ナルシス。好き嫌いの問題じゃなく、そのまま独り身で生涯を終えるだろうお前を哀れみ貰ってやろうと言ってるんだ」
「はぁ? 何だよそれ。んなこと言うなら俺はシュルツ様と結ば……愛人になるんだから、お前の出る幕はないっての」
それだ、それ。
相も変わらずの従兄弟の妄言に、怒りよりも先に呆れが来て、思わずため息を零す。
ナルシス・ペーリエ。この世界で最も高貴な「天」の属性を持つ男。俺と同じく彼は『転性の儀』を受ける側、一般的には子を産む側の責を負う人間だ。
本人もそれに異を唱えているわけではない。ただ問題なのは、物心つく頃よりずっと「シュルツ王子の子供以外産むつもりはない」と彼が公言していることだ。
最初は子供の戯言だと微笑ましく……いや苦笑いで受け取っていた周りも、年月を経てなお変わらぬナルシスの言動に段々と危機感を覚え始めた。
中には本気で彼をシュルツ王子の番にしようと動く者も出始め、それをよく思わぬ大人達の醜い争いにナルシスが巻き込まれそうになった際。叔父フラミスは俺の父に頭を下げ、彼をこの家に預けることに決めた。
……俺はナルシスがこの家に来ると聞いた時、自身の胸に喜びの感情が溢れるのをたしかに感じていた。
性格こそ難があるものの、彼は物語に出てくる姫君のように美しく、風のように奔放で、自らの心に対して子供のように素直で正直だ。
その自由な振る舞いと生来の朗らかさは、俺の胸にまごう事なき憧憬と思慕の心を芽生えさせた。ナルシスは俺の憧れにして、ずっとその側に在り続けたいと、今もなお心からそう思える人間である。
……それはそれとして、そばに居て気苦労が絶えないのもまた事実ではあるが。
「アドニスは本当に可愛げがない。俺の次ぐらいには美しい顔をしてるのだから、清淑と奥ゆかしさの一つでも身につければ良いのに」
「それはこちらの台詞だ、ナルシス」
「俺は今のままでも引く手数多だから良いんだよ! まあシュルツ様以外の殿方を迎える気はさらさらないけれど……ふふん、それに引き換えアドニスは顔に似合わぬひねくれ者だからなぁ。貰い手が居なかった時はしょうがない、望み通り俺がお前を貰ってやろうじゃないか」
そう威丈高に足を組む従兄弟を前に苛立ちが募るのも事実だが、悲しくもこれが惚れた弱みとでも良うべきか。何を言われようと、どれだけ振り回されようと、俺はどうしてもナルシスのことを嫌いにはなれなかった。
『アドニス……最悪お前がナルシスと番い、天の御子の血をこの家に残すべく尽力せよ。あの子供は気ばかり難しいが、唯一お前には心を開き懐いているようだからな』
父アラミスの疲れ果てた顔がふと脳裏をよぎる。
転性の儀は、成り立ちさえすれば必ず子を成すことが出来る。問題は俺たち儀の適性を持つもの同士でそれが可能か、少なくともどちらかに種があるかどうか「試して」みなければ分からないという所だ。
彼の属性は天で、俺は水だ。間違いなく自身がまずナルシスの妊孕性の「試し台」として、子を産む側に回ることだろう。その結果儀が成り立たなければ、今度は俺がナルシスで試す番になるのだろうが。
果たして目の前の彼は、そのことを分かってなお俺を貰うだの何だの言ってるのか。
……まあ間違いなくそこまで深く考えてはいないだろう。
今後の苦労が浮かばれ、俺は嬉しいのか憂鬱なのか複雑な心持ちのまま、目の前の女王然としたナルシスの姿を見つめるほかなかった。




