51. 花女神の祝祭
「それでは御年の花女神。セレニケ・ネーベル・ファルタよ。杯の前に来られよ」
聖教会の大神官が、人一人収まるほどの大きさのある杯を前に、今大会の優勝者へと語りかける。セレニケは小さな杯を片手に前へと進み出て、大神官の顔を見据えた。
「花女神よ。その麗しき涙でグロリースの湖を満たし、御年の豊穣をもたらしたまえ。かの地の湖と汝の涙が枯れる果てるその日まで、我ら人類の礎となり、この地に繁栄をもたらしたまえ」
それは、女神への祈りにしては些か傲慢な響きを伴うものであった。まあ聖教会の人間にとって、異教の神というのはあまり敬意を払う存在でもないのだろう。
セレニケはその言葉を聞き届けると、自らの持つ杯の水を、巨大な杯の中へと注ぎ入れる。それはグロリースの湖が、花女神の涙により生じたという伝説の再現だ。
彼女の夫が、自身と敵の流した血の海に倒れ伏し、我々の立つ大地へと姿を変えた時。花女神は毎年亡き夫の為に涙を流し、この地の生きとし生けるものに慈悲と慈愛の恵みもたらすのだという。よく聞けば、中々に物悲しい話だ。
セレニケが空になった杯を掲げると同時、周りにいた杖持つ男達が一斉に空へと長杖をかざし、その先端からぶわりと大量の花弁が噴き出て辺りを舞い踊る。
これにて、花女神の祝祭は終わりを迎えた。昔は大杯に満ちるグロリース湖の水を、参加者や見学の者が一人一人口に運ぶ儀もあったそうだが、長い歴史とその最中に流れた血により、今ではすっかり廃れたのだという。
「……ユウマ?」
「ああ、いえ……とても、綺麗だなと思って」
ひらひらと舞い落ちる花びらの中、笑うセレニケと賑わう人々の姿。
このゼルフィに来て二週間。本当に数えきれないほど様々なことがあった。決して良いことばかりという訳でも無かったが、こうして終わってみると。不思議と寂しさにも似た感情が自身の胸中へと湧き起こる。
「……私はお前とここに来ることが出来て、本当に良かったと思ってる」
シュルツの手が、膝に置かれた自身のそれに重なり、ぎゅうと握り込まれる。
「そうですね、シュルツ様」
「……城に帰ったら、ハラルドがさぞオーガの如き形相で待ち構えているのだろうな」
そんな風情のないことを口にしつつ、シュルツの顔が再び前を向く。
今、俺たちの心はきっと一つなのだと思った。この、二人共に過ごす穏やかな時間が永遠に続けば良いと思ってる。
俺たちは恋人同士である以前に、第一王子とその伴侶だ。国政に携わるものとして、その責務を果たす必要がある。
この地を訪れた目的は、ほぼ想定通りに達することが出来た。残るは第二王子派の有力者との接触。そうしてその先で、俺は自身の中に芽生えたある疑念を晴らなくてはならない。
第二王子エクス・ヴァリエ・ランバル。彼が、彼を支持する貴族を味方に引き入れてなお、俺たちの上に据えて良い男なのか。
本当に彼がシュルツに代わり、人を率いる器を持つ男なのかどうか。それを今一度、見定める必要があると思った。




