115. 転性の儀
あれから一ヶ月。フラミスにより転性の儀を施され、いよいよ今夜が本番という間際。俺はこの日の為に用意された部屋の手前、いわば控え室のような場所でロミアスの手により衣類や宝飾の着付けを施されていた。
「それにしても、意外とあっさりしてるんですね『転性の儀』って」
無意識に下腹をさする。俺の腹には、フラミスにより『天』と『土』の魔力の刻印が施され、ほんのりと光っていた。時間はおよそ半刻にも満たず、フラミスが呪文を唱えながら俺の腹を杖先でなぞり、それで終了だ。
「父はこの魔法の達人ですからね。私であれば一刻半はかかります」
「あ、ロミアスさんも使えるんだ」
「主属性は『風』ですが、『水』もそれなりに心得がありますから。ふふ、下世話な話ですが、結構な小遣い稼ぎになるのですよ」
まあ女性の魔力持ちがあまり生まれないこの世界において、高位の水魔法である『転性の儀』の需要はかなり高いはず。俺は宮廷お抱えの魔法使いであるフラミスに魔法を施して貰えたが、通常は依頼するのにまとまった金銭が必要になるのだという。いやあ。王族の伴侶で良かったな。俺。
「……出来ましたよ、ユウマ様」
そう言ってロミアスは俺の前に鏡を差し出す。ぴかぴかに磨かれた鏡面には、その目元に明るい色味の粉をはたき、口元に薄く紅をさした俺の顔が映し出されていた。通常の化粧であれば肌の全面まで白粉を塗るのだそうが、これから行われることを考慮し、薄く局所的なものに留めてもらった。
「おお……ゼルフィの時も思ってましたが、上手いですね。ロミアスさん」
「父がよく弟妹らに施していましたからね。特に妹のミレニアは、多忙な父にかわり時折私に強請ってきたものですから、そこで覚えました」
「へえー。じゃあロミアスさんも、フラミスさんに化粧をして貰ったことが?」
「私は……いえ、弟や妹らに比べて地味な面立ちなものですから。度々辞退しておりました」
「綺麗な顔してるのに勿体ない。フェリペ様も喜ばれると思いますよ」
俺の髪に飾りを付けていたロミアスの手が、ぴたと止まる。
「……それは」
「ところでロミアスさん、次の転性の儀はいつ頃のご予定で」
「いえ、私はまだ。その」
「……フェリペ様がね、城に来るたびシュルツ様を捕まえて愚痴っているんですよ。いつでも儀を再開できるのに、ロミアスさんが『忙しい』の一点張りで首を縦に振らないと。ゼルフィのアリエス国王陛下も、ランバルのラケシス殿もとうに懐妊中だというのにと、度々そう口にしております。どうでしょうロミアスさん。何か事情があるのでしたら、俺もとりなすことが出来ればと思っているのですが」
今俺が口にしていることは全て事実だ。フェリペは建国祭の後、ナダグラ国王の座から退きヴァリエのペーリエ家に移った。そうしてロミアスと転生の儀を成り立たせた後、正式に婚姻を結び今に至る。
……なおロミアスは、転性の儀と婚姻こそ行ったもののまとまった休暇は取らず、自身を捕まえようとするフェリペから一週間逃げ回っていたのだという。本当に何をやっているんだ。
「……ユウマ様。これからまさにお子を成されようとしている貴方に、こんなことを言うのは不適切だと思うのですが」
「はい」
「私は、人の親となる自信がないのです。父、いえ母フラミスは甚く精力的な人でしたから、仕事と家庭の両立も難なくこなしておりました。ですが私は母とは違う。仕事にかまけて子を顧みぬ自身の姿が、容易に想像できてしまうのです。それでも貴族の義務としていつかは子を成さねばと思っていたのですが。もし私が至らないせいで、フェリペ様の子に正しく愛を注げなかったらと思うと、それが怖くて堪らない」
そっか。いやぁ……なまじ自身がいい加減なので、これが適した答えなのか自信はないのだが。一拍置いて言葉を紡ぐ。
「ロミアスさん、大丈夫ですよ」
「大丈夫……」
「あ、いや適当に言ってるわけではなく。ロミアスさんが良ければ、フェリペ様や将来のお子さんを王城に住まわせませんか? そうすれば時間も取りやすいですし、エクス様や俺たちの子も、歳の近い子が城に居た方が何かと良いでしょうから」
これは前々から考えていた事でもある。
現状、ロミアスのみが城に留まりフェリペはペーリエ家の屋敷に住んでいる状態だ。……今かの家は色々ややこしい事情があり、元々後継ぎであったフラミスの次男が出奔し、代わりにフェリペが長男ロミアスの婿としてペーリエを継ぐ立場に据え置かれている。
「フェリペ様も、新たに下賜した領土からはペーリエの屋敷より王城の方が近いですし。そろそろ決め打たないと、レムールに渡ったロミアスさんの弟御ミラウスさんが本当に帰ってこなくなりそうなので」
「……弟がご迷惑を。ええ、確かにユウマ様のおっしゃる通りです。フェリペ様には正式にペーリエの家を継いで貰い、元の所領は分家として弟に統治してもらう形が良いのでしょう。そうすればミラウスもエーミル家の五男を婿に貰うことが現実的になりますから」
そう。今回新レムール帝国の皇子を婿にもらうにあたり、ペーリエ家に箔をつけるため王城から領土を下賜しており、かの家には現状二つの所領が存在する。
元々はそれに加え、後継ぎである次男ミラウスに名門貴族フルーメ家から婿をとらせ、貴族社会におけるペーリエ家の地位を確立させようという目算があった。
しかし直前になって、ミラウスは「自らの運命を見つけた」と突如家を出奔し、新レムール帝国の貴族の五男坊リベク・エーミルについていってしまったのだ。何がとは言わないが、血を感じるなぁ……。
「まあ話がそれましたが。要は俺たちも可能な限りお二人の支援はしますから、一人で思い悩まずとも大丈夫ということです」
「ユウマ様……」
「それに、ロミアスさんはフェリペ様のことを愛してらっしゃるのでしょう? 好きな人の子供なのですから、きっと産まれてみれば愛さずにはいられないはず。俺もそう思って今ここにいる訳ですから」
これは紛れもない、自身の本音であった。だってシュルツの子供とか絶対可愛いじゃん。見たいよ俺。そんで産めるの俺しかいないんだからそりゃ腹括るしかないでしょう。ええ。
「……ありがとうございます。ふふ、ユウマ様のお言葉は、いつでも私を勇気づけてくださる」
「いやいや、俺こそ日頃からロミアスさんのことを頼りにしていますから。このヴァリエ王国を支えるもの同士、今後とも助け合っていきましょう」
月並みな言葉だが、本当にそうであれば良いと思っていた。
彼をはじめ、多くの人に支えられて俺は今日この日を迎える。その感謝の気持ちを忘れることなく、今後もこの世界で暮らしていけたらいいなぁ。
「ふふ、ユウマ様」
「なんですかロミアスさん」
「今日からの一週間……貴方の元に神と祖からの恵みがあらんことを祈っております。ですがどうかご無理だけはなさらぬよう。私が警備に就いておりますので、もし無体を働かれることがあれば……その時はどうぞこのロミアスの名をお呼びください」
……これは、ロミアスなりの冗談なのか。それとも本気でそう言ってるのか。いまいち判断が付かなかった。
いやまあそんな事にはね、ならないと思うんですけれど。本当に万が一。もし無理だと思ったらマジで名前呼んじゃうかもしれないから、その時はお願いします。




