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【番外編】とある男の告白



 私の兄は、この世で一番かっこいい。


 灰色の髪に、暗い青色の目。兄は私の方がきれいな髪と目を持っていて美しいと、ことあるごとに私を褒めていた。だが違うのだ。確かにこの世界で一番美しいのは私だが、かっこいいのは間違いなく兄上だ。


 先月の誕生祭で、私は『転性の儀』にて夫をむかえ子をなす側だと、そう父から告げられた。なら私は、自らの兄を夫に迎え入れたい。なにせ世界で一番かっこいい殿方の横には、世界で一番美しい姫君が側にいるべきだろう。ヴァリエの勇者の本にも、そう書いてあった。それを父や叔父上、そうして兄に告げると、彼らはみなニコニコとした笑顔でこちらの体を抱き上げ、私の夢に賛同した。


「シュルツ兄上! 兄上が十八歳、私が十五歳になったら、私と結婚してくださるのでしょう?」

「ううん、そうだなぁ」

「ではさっそく式の練習をしましょう。婚姻の儀式では、たしか愛する二人がくちびるを合わせ」

「エクス。式の練習の前に、兄上とヴァリエの勇者ごっこをしようか。お前はこの遊びが一等好きだろう?」

「……私はそれよりも兄上と」

「ついこの間、新しい魔法を覚えたんだ。『ヴァリエの勇者の冒険』に、グリフォン退治の話があっただろう? 勇者様は『杭』の魔法でかの魔物の心臓を次々と撃ち抜いて、敵の脅威から隣国ゼルフィの人々を救ったのだとか。お前にもその魔法を見せてやろう」

「……! 本当ですか兄上! ぜひ見たいです。魔法を使うシュルツ兄上のすがたは、とてもかっこいいですから」

「ハハハ、エクスの姫君役も毎度さまになっている。またお前の可憐な姿を、この兄に見せておくれ」


 兄が地に片ひざをつけてひざまずき、私と視線を合わせる。兄上の青く深い、おちついた色合いの瞳をじっと見つめていると、私の胸は不思議とさわぎどくどくと音を立てた。


 ああ、愛しいシュルツ兄上。私は早くヴァリエの勇者の姫君のよう、あなたと結婚して、あなたの一番になりたくて仕方がないのです。結婚するにはたしか十五歳になって、転性の儀を受けるために二人が愛しあう必要があるのだとか。


 転性の儀は、子どもをつくるために行われるのだという。私は兄上との子どもなら何人だってほしい。だって兄と私、どちらに似てもさぞ美しくかっこいい子どもが生まれるのだろうから。


 ランバルの叔父上だって、私が『風』の属性を持っていると知り、大層嬉しそうに笑って言っていた。エクス王子は大きくなったら強く立派な殿方をむかえ、多くの子をなすのだと。それなら強くてかっこいい自慢の兄上は、まさに私の結婚相手にぴったりだろう。


 勇者と姫はその間に五人もの子をもうけ、われらヴァリエ王家の繁栄のいしずえになったのだという。私もずっと、そうなることを夢見ていた。だって私は世界で一番美しく、兄上は世界で一番かっこいい。私たち兄弟は、周りの人々から祝福され、この世界で一番しあわせになる権利があるのだから。




 

 我ながら子どもじみて、馬鹿馬鹿しい夢であったと思う。


 あの男は一体どんな心づもりで、幼い私の戯言を聞き続けていたのだろう。まあ所詮は子どもの言うことと、さして本気にとらず内心で小馬鹿にし続けていたのだろうが。


 私の体に消えない傷を刻んで以降、兄はこれ幸いと言わんばかりに私と距離を取るようになった。


 そうしてそんな兄の背中を見て、私はこの世界に一切の希望を持つことをやめた。

 私と兄が、血の繋がった実の兄弟で、そうしてあの情けない兄に世の禁忌を踏み越える度胸もない以上。私が子どもの頃より憧れていた夢は永遠に絶たれたままだからだ。


 全てが憎かった。私と兄を兄弟としてこの世界に産み落とした神も。理不尽な世の中も。私を守るどころか遠ざけ邪険にする兄も。そうしていつまでも未練がましく穢らわしい想いを断ち切れぬ私自身も。全部ぶち壊して、めちゃくちゃにしてやりたくて堪らなかった。


 この夢も希望もない世界。ただ癇癪を起こしたところで周りが自分の思うように動く筈もない。だから私は自らの影響力を高めるべく、知識と力を身につけ、弁舌をふるい、そうして魔物らとの戦いに身を投じ武功を立て続けた。戦場は良い。ここは幼子の語る甘ったるい吐き気を催すような世界からはずっと遠い。この地獄さながらの世の現実を、まざまざと写し出す鏡のような場であったからだ。


 ヴァリエの王位なんざ知るか。ただ私は、私が苦しんだ分より少しでも多く、あの男に心底苦しんで欲しくて仕方がないだけだ。この世界をお前の思い通りになんぞさせない。


 だって私にはこの世界で誰よりも、あの男の不幸を心より願う権利があるのだから。だから苦しめ。俺のものにならぬのならいっそ死ね。兄上。


 

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