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109. 決着



 決闘が再開すると同時、シュルツは剣を持ちエクスの方へと踏み込んだ。エクスは咄嗟に場を離れ、呪文を詠唱しながらシュルツと一定の距離を置く。


「今お前が使おうとした『杭』の魔法! 私が九つの時に使用し、お前に怪我を負わせたものだな? エクス。やり返さねば気が済まぬほど、私が憎いか!」


 エクスがその問いに答えることはない。代わりに短杖をシュルツの方に向け、風の槌を彼目掛けて撃ち込む。

 攻撃範囲の広いその技に、シュルツは咄嗟に剣を構えて受けるも途端木剣が弾け飛び、木片が彼の頬を掠め傷つける。しかしシュルツはその勢いを殺すことなく、エクスの方へと走り抜けその体を掴み引き倒す。


 エクスの鋭い蹴りがシュルツの脇腹に飛ぶが、彼はそれを受け顔を痛みに歪ませこそすれ、引くことはなかった。エクスの取り落とした短杖が地面に転がり落ちる。シュルツは弟の腰に吊るした木剣を素早く抜き取り、その首にかざそうとした。


 接近戦では、体格に勝るシュルツが圧倒的に有利ではあるのだろうが。流石のエクスも、戦場での経験が豊富なだけある。杖がなくとも寸での所で無杖魔法を完成させ、今度はシュルツの腹部目掛けて風の槌の魔法を発動させた。


 流石に至近距離でのそれはシュルツも耐えかねたらしく、その体が地面に転がり、腹を抑えてうずくまっている。……エクスは流石に俺の警告を頭に入れているようで、無杖による魔法でもその威力を極端に落とす詠唱を交えていたのが俺にも分かった。土壇場においても何と冷静な判断か。


「っ、ハハ。無様な姿だなぁ兄上。これで私の勝ちだ!」


 そうエクスは笑って、地面に転がり落ちた自身の短杖を拾い上げようとする。その時であった。


 不意にエクスの立っている前面の土が盛り上がり、その下から土壁が出現する。

 短杖が吹き飛び、バランスを崩したエクスの体が再び地に転がる。そうしてその上に、先ほどまで魔法の直撃を受け苦しんでいた筈のシュルツが、跨るよう覆い被さっていた。


 黄金の巻き毛が地面に広がり、白い喉元には無骨な木剣の切先が突きつけられている。


 衆目が見守る中、ヴァリエの王子二人による決闘の結果は、兄王子シュルツの勝利により今ここに決着がついた。



「……なぜ私の魔法の直撃を受け、動いていられる」

「私の施す仕掛けが、ただの土いじりのみだと思ったのか? 多少の攻撃には耐えれるよう、服の下に鎖帷子と鉄板を仕込んでいる。あとは……フラミスの作った鎮痛薬を少々な」


 鎮痛薬。俺たちが度々お世話になっている鎮静薬は心体の興奮を鎮めるものだが、この鎮痛薬は肉体の痛みを緩和し感覚を鈍磨させるものだ。つまりシュルツは重い金属の鎧と、薬による感覚の麻痺というデメリットを負いながら、それでも勝利を掴むべくエクスとの戦いに挑んだということだ。


「なるほどな、先ほどの痛みに呻く様子は演技だったという訳だ」

「いや普通に痛いぞ。服用した薬は痛覚を鈍磨させるものであって、痛みを完全に取り除くものではない。よくもやってくれたな、エクス」


 そう怒ったかのような口ぶりに反し、シュルツの唇にはどこか悪戯げな笑みが浮かんでいる。

 

「流石は我が弟。見事な戦いぶりであった。だがこの決闘の勝者は紛れもなく、兄であるこの私、シュルツ・ヴァリエ・ローエン。お前を打ち負かした者の名をよく覚えておけ」

「…………」

「……さあ皆のもの、我らが兄弟の勝敗は今ここについた! アリエスよ。私との約束をよもや忘れてはいまいな!」


 シュルツが声を張り上げ、そう周りの皆に告げる。


 ……うおお、ほ、本当に勝った。シュルツが。ちょっとまだ実感が湧かない。嬉しい。心配。あまりにも誇らしすぎる。あ、怪我。さっき腹にエクスの魔法当たってたよな、大丈夫? フ、フラミスさん緊急。緊急治療魔法を。


「ふふ。まあ落ち着きましょう、ユウマ様。シュルツ様の怪我は特段命に別状もないもの。治療は後でゆっくりといたします」


 そう俺がテンパっている間にも、シュルツとエクスがいる場所にアリエスが歩み寄る。

 シュルツはエクスの手を引いて身を起こし、二人でその場に佇みアリエスを待っていた。エクスは負けたにも関わらず、その様子は妙に落ち着いたものであった。彼のことだからさぞ悔しがると思っていたのだが、一周回って不気味なほどだ。


「シュルツ、そしてエクスよ。貴殿らの戦い、このアリエスが確かに見届けた。さて、勝者シュルツよ」

「ああ」

「ゼルフィ国王アリエスの御心は、今この一時だけはただお前一人のもの……この私に何を望む、シュルツ・ヴァリエ・ローエン」


 アリエスの問いかけに、シュルツは一つ目を瞑ったのち、エクスの方へと向く。


「……エクス。お前が今この場で、今後決して私の意に背かぬという誓いを立てるのであれば、ヴァリエの玉座をお前に譲り渡そう。だがもしこの条件を飲まぬというのなら、私は王となりお前の身柄を城奥に監禁し、二度と日の目を拝めぬようにしてやる。絶対の忠誠を私に誓った上で王となるか、事実上の死か。好きな方を選べ」


 それは、シュルツにしては珍しく傍若な物言いであった。まあエクスの場合、例え国外追放にしても何かしらこちらに嫌がらせをしてくる可能性が無きにしもあらずだからな。それにしても幽閉とは、随分と思い切ったものだ。


 シュルツの言葉を受け、アリエスは「して、どうする」とエクスに声をかける。


 ……おそらくエクスはこのシュルツの提案を跳ね除け、自ら幽閉される道を選ぶことだろう。彼と言葉を交わした機会は数少ないが、その矜持が恐ろしく高いものであることは容易に見て取れる。厭うている兄に公衆の面前で負かされ、望まぬ忠誠を誓わせられてまで、それでも意地汚く王位を求めることはしない筈だ。


 しばらく彼は黄金の髪を垂れ込め、俯きながら沈黙していた。しかしやがてその肩が小さく震え、嘲るような笑い声が彼の薄紅色の唇から溢れでる。


「ハハ、ハハハハ……そうであれば兄上、私は喜んで後者の選択を選ばせてもらおう。お前なんぞに一生こうべを垂れて生きるぐらいなら、死んだ方がよほどマシだ。ふ、フフ、何。兄上の手は煩わせぬよ……最後に一つだけ、これだけは伝えておこうか」

 

 小鳥がさえずるかのように、軽やかなエクスの声色。何だか嫌な予感がして、俺は短杖を構えて呪文を詠唱する。


「エクス……」 

「シュルツ兄上……私はあの事故の後もただ変わることなく。兄上一人のことを心より愛し、恋慕い、ずっと焦がれておりました」


 一瞬、これもエクスによる何らかの嫌がらせなのだろうと思った。しかしシュルツを見つめる彼の青色の瞳は、紛れもない本物の熱を帯びていた。その腹違いの弟の、到底信じがたい言葉と表情を目の当たりにしたシュルツの顔は。


「……ハハハハハ! そうだ! その顔が見たかったのだ! ああようやくすっきりした。これでもう心残りはない。愛しの兄上。どうか貴方が死ぬその時まで、私のことを一時も忘れることなくいて欲しい。シュルツ・ヴァリエ・ローエン。貴方の今後の苦しみを心より祈る」 

 

 地面を伝う俺の魔力が、エクスの足元にまで届き無数の蔦が地面より出でる。その足を拘束し、手首を戒め。そうしてその唇に蔦が回る刹那、エクスが自らの咥内にある何かを噛み砕く仕草をしたのが、遠目にも分かった。


 

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