108. 杭の魔法
114. 杭の魔法
「両者、名乗りを」
ハラルドの厳かな声と共に、まずはシュルツが決闘の流儀にならい己が名を告げる。
「シュルツ・ヴァリエ・ローエン。ヴァリエ王国第一王子。我が友に勝利を捧ぐべく、ここに立つものなり」
「……エクス・ヴァリエ・ランバル。ヴァリエ王国第二王子。我が祖国の冠を戴くべく、ここに立つものなり」
その腰に木剣と短杖を吊るしたまま、シュルツとエクスは向かい合い互いの目を見据える。
数秒の沈黙の後、ハラルドの合図と共に両者は杖を抜き、呪文の詠唱を始めた。
先に呪文を完成させたのは、シュルツの方であった。地面にかざした短杖が、彼の魔力をその足下に伝わせ、巨大な土の壁がシュルツの目前に出現する。
エクスは青い目を軽く見開くと、その唇に不適な笑みを浮かべた後、口を開く。
「決闘用の杖の割に、中々大層なハリボテをこさえたじゃないか兄上! せいぜいその後ろにみっともなく隠れているが良いさ。打って出る気がないのなら、こちらから行かせてもらおう」
呪文を完成させたエクスは、その杖先から渦巻く風の球体を出現させる。そうして杖を横に振ると、魔法でつくられたそれが半円状の軌道を描き、ちょうど土壁の後ろにいるであろうシュルツの方目掛け迂回し襲いくる。
その間にもエクスは次の呪文を詠唱しながら、杖を構えている。シュルツが土壁から押し出されたところを狙い、次弾を撃ち込むつもりなのだろう。
しかしエクスが放った魔法は、土壁の後ろをすり抜け地面へと打ちつけられ、大きな墜落音と共に土煙をあげる。そこにシュルツの姿はなく、エクスは一拍置いた後、ふいに後ろを振り返り風の刃を放った。
「……!」
咄嗟に魔法をかわしたことでシュルツの木剣の軌道が逸れ、振り下ろしたそれがエクスの脇へと逸れる。その隙を見計らい彼は兄の体を掴み引き倒そうとするが、寸での所で体勢を整えシュルツはそれを回避する。
素早くエクスが距離を取り、両者は再び剣と杖を構える。は、と小さく息を吐いた後、エクスが声をあげて笑いながらシュルツに問いかける。
「ハハハ! いつの間に俺の背後を取った? 壁の魔法は解除していなかったのに……いや、よもや最初から仕掛けていたのか」
「ああ、その壁は魔法で作ったものではない。あらかじめこの中庭に仕込んでいたものだ」
「……ふん。おおかたモグラのように地中を移動して回り込んだのだろう。それも仕込みの一つか。同じ手が二度通用すると思うなよ」
決闘の場には未だそびえる土壁と、数メートルの距離をあけてぽっかりとあいた穴が残されている。
……遠くから全体を見ていた俺たちには分かる。シュルツは土壁を出現させた後、すぐさま呪文を詠唱し自身の後ろに人一人が入る大穴を出現させた。その中に飛び込み、エクスの魔法が着弾した数秒後。突如エクスの背後から地面が盛り上がり、そこからシュルツが剣を構え飛び出してきたのだ。
元々この決闘は、シュルツがアリエスと手紙で示し合わせ計画したものだ。故にシュルツは初めから、自身の土の魔法により操り利用できる仕掛けをいくつも準備しておいたのだろう。エクスのいう通り、まさに用意周到なものだ。しかし。
「……今の不意打ちで仕留められなかったのは、痛いですね」
「ええ、エクス王子も地面の仕掛けを警戒し、おそらく短期で勝負を決めにいくはず。ユウマ様、準備はよろしいですね」
隣で見守るフラミスの言葉に、俺は自らの杖を握りしめ詠唱を始める。おそらくやるならこのタイミングだろう。
エクスはその場で呪文を詠唱し、短杖を振りかざす。すると彼やシュルツの周囲に白いモヤが出現し、その姿がおぼろげに霞む。これはロミアスから習ったことがある。確か霧の魔法だったか。
通常目眩しとして用いられるもので、術者はこの魔法による視覚の制限を受けない。きっとシュルツは今自身の立ち位置も分からぬ状態にあるだろうが、エクスにはその様子がくっきりと見えているのだろう。
……ここか。
フラミスの合図に従い、俺は指定された方角に、威力を調整した火と水の魔法を撃ち込む。一瞬にして霧が晴れていき、視界の先にはぎょっとした様子のエクスの姿と、その足元に着弾した焦げ跡が映っていた。
「……神聖な決闘の最中に何をする! 異邦の民ユウマよ!」
「何をする、とはこちらの台詞ですエクス第二王子殿。俺とフラミスさんは、水鏡の魔法の応用で、シュルツ様とエクス様の詠唱双方を音にて確認できるようになっている。今エクス様が使おうとした『杭』の呪文は、決闘用の短杖ならまだしも制約のない無杖の威力であれば、対象を死に至らしめかねない危険な魔法です」
俺は自らの短杖をエクスの方にかざし続けながら言葉を紡ぐ。
「短杖で霧の魔法を使用している現状、エクス様は今無杖でそれを撃とうとしましたね? 決闘の初めにお伝えしていたはずです。この時間内に限り、両者が結ぶ祖の誓約の条件を緩和する。多少の怪我であれば害には含めないと言いましたが、もし危険な魔法の使用によりシュルツ様、エクス様のいずれかが大怪我を負う事態が予想された場合、俺の魔法により決闘を一時中断すると」
こちらの言葉に、エクスがぐっと言葉を飲む。霧の魔法の最中であればバレまいと思っていたのだろう。甘いな。こっちは散々お前にしてやられてるんだからこんぐらい警戒するっての。
「……エクス様、俺自身はあなたとの間に祖の誓約を結んでおりません。だからこれが、最初で最後の警告だ。次また同じことをしてみろ。俺の魔法を今度はそのお綺麗な自慢の顔面目掛けてブチ込んでやるからな」
これは脅しでなく本気だ。今回は警告のため短杖を使用したが、次は長杖を用いた最大火力をぶっ放してやる。
そう渾身の殺気を込めた俺の警告に、エクスはその美しい顔を歪めて大きく舌打ちした。くそ。こいつやっぱどさくさに紛れてシュルツの命を狙ってやがったな……いや。
「……フラミスさん。先ほどエクス様が使用しようとした『杭』の魔法ですが」
「ええ、当たれば対象の骨と肉を確実に抉り抜く、極めて攻撃性の高い魔法です」
「しかし攻撃範囲が狭く、当たりどころが良ければ致命傷には至らない。もしエクス様が本気でシュルツ様を害そうと思ったなら、他にも確実な手段はあった筈ですよね」
「おそらく緩和した祖の誓約に反することのない、ギリギリの範囲を狙ったのかと。シュルツ様を死に至らしめてしまえば、いくら決闘の最中の出来事とはいえ、エクス様が王の座につくのは極めて困難になるでしょうから」
まあそれもそうか……いずれにせよ、今の警告によってエクスが直接的にシュルツを害する可能性は限りなく低くなった。後はどちらが勝利するか。両者仕切り直しの上、相手の様子を伺いながらハラルドの再開の合図を待つ中。シュルツの顔色は心なし固いものとなっていた。




