【番外編】王というもの
「やあゲラン。久しいな」
「おお、これはこれは」
美しい銀色の髪をたなびかせ、こちらへと歩み寄る麗人の姿に目を見張る。
「アリエス国王陛下……ハハ、貴殿とシュルツ王子の発想には恐れ入る。して、決闘というのはどちらの発案で?」
「シュルツの方からさ。ふふ、あいつは弟と互いを害せぬという『祖の誓約』を結んでいるにも関わらず、全くたいそれたことをする」
「なるほど、我が兄の投票先をシュルツ王子自身に定めたのも、この展開を見据えてのことか」
「ああ……改めてバラム王には助けられたよ。この儀が終わった後は、彼に礼を言わねばなるまいな」
視線を王子二人の方に向けながら、そうゼルフィの麗しい国王は自身の唇から言葉を紡ぐ。
「……アリエス殿、貴殿はシュルツとエクス王子、どちらが王となることを望む」
「シュルツにも同じ問いを投げかけられたなぁ。ふ、ゲランよ。それが決まっているのなら、私がこたびの提案に乗るはずもなかろう」
「ふむ。どちらがヴァリエの王になろうが、アリエス殿にとっては構わぬと」
「……王となって、面白くなりそうなのはエクス王子の方だと思っていたが、最近はシュルツ王子の方も中々。彼は異邦人殿、ユウマが来てから随分と変わった」
「ハハハ、ユウマ殿は大層魅力的な御仁だからな。シュルツ王子もすっかりと熱を上げているご様子。彼がヴァリエの王位に前向きとなったのも、ユウマ殿の影響でしょうな」
「……ふふ、恋というのはこの世そのものを動かす原動力。我ら人は、その大いなる力を前にひれ伏す他ないものなのさ。あの堅物王子も恋を知ってから、随分と世の道理というものを理解してきたように思う」
「さすが恋多きアリエス殿。すいぶんと含蓄のある言葉だ」
「おや、ゲラン殿も中々の好きものだと聞いているが。シュルツが睨みを利かせている中、ユウマに手を出そうとは良い度胸をしているじゃないか」
「アリエス殿。かの花女神が司どりし、恋という大いなる力の前には私もただの奴隷にすぎぬというもの。先ほど貴殿もそう言ったばかりであろう」
「はっはは……! せいぜい我らは似たもの同士といったところか。ああ、恋というのはまったく良いものだ。なにせ人生というものに張り合いが出る」
アリエスは大きな声を上げて笑った後、ふとその翡翠の目を伏せ、低い声色でこちらに語りかけた。
「……ゲラン。人というのはまこと愚かなものだ。その人を束ねる王というのも、ただただ気苦労ばかり。そも兄弟同士で争ってまで、進んで成りたがるものでもない」
「……」
「エクスは愚かな男よ。だからこそ彼は誰よりも人の王に相応しい。あやつは人の欲や心の弱みにつけ込むのが上手いからな。その見栄えのする外見も。華々しい戦歴も。衆愚を惹きつけるにはもってこいのものだろう」
「アリエス殿はずいぶんと、エクス殿に対して手厳しいな。気に食わぬものが隣国の王となるのは、貴殿にとっても不都合があるのでは?」
「何も気に食わぬとは言っていないだろう。ただ思ったことを述べたまでさ。あやつは良くも悪くも自他の欲に忠実で、その分行動原理も分かりやすい。王同士としてはやりやすい相手よ。逆にシュルツはまあ……とにかく気難しいやつだからなぁ。要は、どちらが王となっても一長一短といった所か」
「ふむ、ゆえに天の采配に身を任せると」
「それはいささか御幣があるな。勝敗の行方を決めるのは紛れもない王子二人自身だ。この戦いで両者の優劣が決まり、ヴァリエの王冠を戴く者がここに決まる」
「……シュルツ王子は、勝利の暁に『王になる』とは決して口にはしなかったな。どう思う、アリエス殿」
「さあ? あいつの考えていることは俺にも分からん。ただ戦いに勝利した以上、順当に行けばシュルツが王になることだろう」
「まあシュルツ王子に打ち負かされた場合、流石にエクス王子も自らが王になることを辞退するだろうからな。彼は矜持の高い男ゆえ、敗北した上で玉座に就くなどという屈辱をよしとはすまい」
「……シュルツとてそれを分かっているだろうに、ふふ、あいつもずいぶんと愚かになったものよ」
「まあシュルツ王子はランバルの屋敷にて、ユウマ殿を膝に抱え『彼の為なら弟と戦い王となる覚悟がある』と豪語していたからな」
「ブッ……ハハハ! なんだその状況は! なるほど、伴侶に見栄を張るべく王となるか……結構なことじゃないか。公人としてはこの戦い、さしてどちらに肩入れする気もなかったが、俺個人としては俄然シュルツを応援したくなってきたよ」
「まったくですな。私個人としても、やはり恋のライバルというものは張り合いがなければならぬからな。シュルツ王子を応援するつもりだ」
「ハハハ……冗談もその辺りにせねば、いい加減疾馬に蹴られるぞ? ゲラン。まあいい、俺たちはこの一世一代の見世物……いや我が同胞らの戦いを共に見守ろうじゃないか」




