107. 勝利の栄光を
諸事情につき、俺抜きでの両者の決闘についての話し合いが進められていく。シュルツとエクスはゼルフィ国王アリエスが到着次第、この場にて剣と杖を用いた決闘を行うこととなった。そうして半刻が過ぎた頃。
「いやあ皆のもの、大変待たせたな! ゼルフィ国王、アリエス・ゼルフィ・グロースが今ここに参った!」
そういって彼にしては簡素な造りの疾馬の馬車から、麗しい銀色の髪をたなびかせる美貌の国王が今このヴァリエの地に降り立った。よく見れば、その衣類にはわずかばかりの返り血が付いている。何? アリエス陛下もまた道中賊にでも襲われていたのか?
「やあ〜エクス……俺の元夫をたぶらかし、儀の直前に騒動を起こすよう入れ知恵したな? ずいぶんと、お前にしてはずさんな手を使うものだ」
「たぶらかすとは人聞きの悪い。ただゼルフィのラムール邸に招かれた折、愛しい元伴侶と娘に会いたいと大きな体を縮こまらせて泣くお前の元夫が心底哀れになり、ほんの助言をしてやったまでだ。俺が指示した訳じゃない」
ラムールといえば、アリエラ姫の父の生家であったか。確かアリエスは一番目の夫と離縁した後、彼のゼルフィ王宮への出入りを禁じ、娘ともロクに会わせていないと風の噂で聞いたことがある。
……先ほどのリオナの報告によると、元々アリエラ姫をラムール邸にて預かる予定だったが、連絡の行き違いで王宮側にそれが伝わっておらず、今回の騒動に繋がったのだという。しかしその真偽の程は定かでない。
おそらくエクスは、アリエスが選王の儀への出立で忙しくしている時こそ、アリエラ姫に会う……いや、攫うチャンスだと彼の元夫に吹き込んだのだろう。何とまあ側迷惑な。
「まあいい。シュルツ、もう準備は済んでいるのか?」
「ああ」
「ふふ……手紙にもしたためてあったが、改めて今一度お前の口から。俺の胸のうちを甘く震わせたあの言葉を聞かせておくれ」
そういってアリエスは、その絶世の美貌の上に、えもいわれぬ恍惚とした笑みを浮かべシュルツの言葉を促す。
手紙にしたたためていた? これは、もしかして。
「ああ……アリエス・ゼルフィ・グロースよ。私は我が弟と戦い、その勝利の栄光を貴殿ただ一人の為に捧げると誓おう。その褒章とし、誰にも縛られることのない風のように気ままなお前の心を。この一時だけはただ私の自由にさせておくれ」
「ハハハハ! 改めて貴殿のその願い、このゼルフィ国王アリエスが聞き届けた! さあーそういうことだ皆のもの。俺は第一王子シュルツの嘆願通り、彼がこの決闘の勝者となった暁には、その御心に従うまま我が票を投じるとしよう。さあエクス、お前はどうする?」
「……言わずとも分かるだろう、アリエス。私が勝利した場合は、お前の一票をこのエクス・ヴァリエ・ランバルに捧げよ」
「確かに承った。さて、待たせてしまって悪かったなバラム殿。もう票を入れてもいいぞ」
「ふむ、いいだろう。私もちょうど今しがた、票を入れる相手が決まったゆえ」
そういって、スーデン国王バラムはその口からシュルツの名を高々と声に出し、竜の頭蓋に票を投ずる。これで壇上に灯る灯火は青と赤が二つずつ。シュルツとエクスで同票の状態となった。
「シュルツ様? こちらの目を見て、今からする質問にお答えください」
「……ああ」
「アリエス様の票の行方を、決闘の勝敗で決めようと彼に持ちかけたのは貴方ですね」
「お前の言う通りだ。ユウマ」
「理由をお聞きしても良いでしょうか」
「エクスに票を投じるよう、アリエスに頼んだと私はお前に伝えたな。だがあの昔馴染みは気まぐれだ。ただ指図するだけでは、我々の望む方に票を投じるとは限らぬ。ゆえにこうして、あやつの心を惹きつける催しをする必要があった」
いや、はい。正直そこは俺も危惧してた所ではありました。アリエス様は何考えてるか分からない所あるからなぁ……まあシュルツもその点は人のこと言えないと思うけど。
「ですがその懸念があるなら、スーデンかナダグラのいずれかにエクス様へと票を入れるよう指示すれば良かったでしょう。シュルツ様、あなたは元より『王になりたくない』と俺にそう伝えていた筈。なぜ危険を犯してまでこのようなことを」
俺の言葉に、シュルツはしばし沈黙を保っていた。
彼が『王』になるか否か、その心の内に迷いを抱えているのは俺も知っていた。故に事態がどう転ぼうと、俺はただシュルツに着いていこうと決めていたのだが、流石にこれは看過できる範疇を超えている。
前々からシュルツは言葉が足りない所があったが、今回のそれは明らかな故意によるもの。俺に隠し事をしたのは……決闘という危険な手段をこちらが容認しないと踏んだからだろうが。それは過ぎたことだから良い。なぜこんなことをしたのか、今はその理由をただ知りたかった。
「祖の誓約ですら足りぬのだと、先日ユウマがその身を狙われかけた事件ではっきりと理解した。ユウマ……お前は以前、私に弱いままでも良いとそう言ってくれたが、それでは最早私の気が収まらぬのだ。ゆえに私は自らの力をもって弟エクスを下した後、皆の前で彼に誓いを立てさせる。二度とこの兄には逆らわせぬという忠誠と服従の誓いだ。王になるかならぬかという問題など、その二の次だ」
そのシュルツの様相には自身も初めて目の当たりにする、殺気にも似た強い気迫を感じた。
ああ、なるほど。暴力による紛争の解決。実際に己が力を誇示した後に立てさせた誓いは、強い強制力を持つ。
だがそれを、心優しい彼が決断するにはきっとさぞ勇気を振り絞ったことだろう……本気で怒ってくれてるんだな。シュルツ。こんな俺なんかのために。
「わかりました、シュルツ様。俺は貴方の選択を尊重し、その判断を信じます」
「ユウマ……」
「ですがそれとは別に、俺からも一つ決闘に際する条件をつけさせてください。なあに大丈夫ですよ、シュルツ様とエクス王子の神聖な男同士の戦いに、水をさすつもりはありません。ただ、念の為の保険をかけさせて頂くだけです」
そうして俺が伝えた条件の概要に、シュルツはしばし沈黙した後、頷いた。うん、ならば良し。
まあ俺も年上の伴侶として、時には年相応の寛大さと包容力を持って、若人の背中を見守ることも時には必要なのだろう。神と祖よ、どうか我が愛しの伴侶シュルツに勝利の栄光を。
地平線へと差し掛かる太陽が、その色を変えて辺りを赤く染めつつある時分。
中庭の開けた一角において、スーデンとゼルフィの王族、そうしてヴェイルセル王城の者達が見守る中、シュルツとエクスの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。




