【番外編】リオナの災難(その2)
「……アリエス陛下」
「遅くなり済まなかったな、リオナ。お前が伝達の腕輪に知らせを送ってくれたおかげで、容易に居場所が分かったよ」
そういってアリエスはひらひらと、自身の手首に嵌ったそれをかざす。それは、ヴァリエ王国にてシュルツ王子も使用している魔法道具。装着者との連絡を取ったり、居場所を探知するために使用するものであり、自身の腕には今その腕輪の魔法に応対するための刻印が刻まれている。
「アリエス……いえ、国王陛下。こたびの責はすべて私にある。どうぞ貴方の麗しい御手にて、この私めを罰して頂きたく」
「くどいぞマスキュラ。まったく、我が娘に何を見せつけようというのか。ほら見ろ、アリエラが泣いているではないか」
「ははうえ、おねがいです。ちちうえをいじめないで」
アリエスと姫の後ろには、マスキュラ・ラムールがその肩から血を流し、巨大な体を縮こまらせるようアリエスの後ろに控えている。よく見ればアリエスの衣服には少量の返り血が付いていた。姫の口ぶりからも、おそらく彼がやったことなのだろう。
「陛下……マスキュラ様に魔法を……」
「こやつが俺の顔を一目見るなり、足にしがみつき離れなかったものでな。ついカッとなってやった」
そう反省も後悔もしていない口ぶりで、アリエスは今自身が扉の残骸を踏みつけている方の足に、ぐりぐりと沈み込ませるよう体重をかける。苦しげなサドスの声色に、後ろに控えるマスキュラが耐えかねたかのような大声を上げる。
「ええい今すぐそこを代われ! サドス!」
「…………マスキュラ。私は急ぎ国外への用があるゆえ、アリエラ姫の守りを頼んだぞ。癪だが我が娘はお前によく懐いているからな」
さながら汚物を見るような目で、アリエスは元夫の姿を見つめ吐き捨てるよう言葉を紡ぐ。
……やはり本当なのか。アリエスがマスキュラとの離縁を申し出た理由の第一に、夜の生活における嗜好の不一致があったのだというあの下世話な噂は。
「ああ、そうだマスキュラ。今回の王女誘拐、またヴァリエの来賓リオナに傷を負わせたことの責は、全てこのサドスとやらに取らせる。見せしめとして極刑……牛裂きの上火にかけるのが妥当か。こたびの件は宮廷でも大きな騒動となっている。皆に示しをつける必要があろう」
「っな、アリエス! サドス殿に姫の誘拐を依頼したのはこの私だ。罰を受けるべきは私であろう!」
「痴れ者が。私だって出来ることならとうにそうしている。だが曲がりなりにもお前はゼルフィの英雄。そうしてアリエラ姫の親だろう。お前は私の可愛い娘を、こんなくだらぬ理由で不幸な父亡き子にするつもりか」
「……!」
「次からは、その戦以外に能のない頭を少しは働かせるがいい。マスキュラ。愚行の責は、お前本人でなくお前を慕う周りの人間に負わされる。そのことを足りぬ頭によく刻み込んでおくのだな」
おおむね予想通りの展開となったか。正直、自身としても散々な目に遭ったことだし、このサドス・パシータがどれだけ悲惨な末路を辿ろうが心底どうでも良い事なのだが。
「……アリエス陛下」
「ん? ああ、すまなかったなリオナ。今から縄を解いて治療を」
「治療の必要はございません。それより陛下は、騒動の後処理でまだヴァリエに向かう事は叶わぬはず。ゆえに私が先んじて向かい、城のものたちに事の次第をお伝えします」
「ほう。お前はこたびの件について、ヴァリエの者どもに何をどう説明するつもりなのか」
「は。……元よりアリエラ姫はこのラムール邸を訪問する予定でしたが、連絡の行き違いがありこたびの騒動が起きてしまった。アリエス陛下は事態を把握し、今回連絡不届きを起こした迎えの者……サドス・パシータに処分を下した後、ヴェイルセル王城に向かう旨をお伝えします。ああ……ちなみに私の怪我は伝令の任の最中、自身の不注意により馬から落ちて負ったもの。こたびの件には関係のないものとなります」
俺の言葉にマスキュラと、そうして現在進行形で扉の下敷きになっているサドスは驚きの表情を浮かべていた。アリエスはしばし沈黙した後、ゆっくりとその唇を開いた。
「承知した。ではその内容通りの言伝をお前に頼もうか。さて、いくら悪意が無かったといえど、今回我が宮廷を騒がせたサドス殿の罪は重い。よって貴殿への罰として、一年間の貴族身分の剥奪と鉱山での労役を命ずる」
そうアリエスが言い渡した後、後ろに控えていた従者らが俺の縄を解き、椅子から解放される。いてて。傷が痛む。やや顔を顰めながら立ち上がると、サドスが未だ信じられないものを見るような目でこちらを見上げていた。
「一体なぜ。お前が私を庇う義理などない筈」
「ええ、おっしゃる通りです。これは貴方への義理でも同情でもない。ただ……俺のかつての主人。ユウマ様がこの場にいれば、きっと情けをかけていただろうと思い同じ事をしたまで」
この時、自身の頭をよぎったのは懐かしい主人の顔であった。彼とは二ヶ月ほどの短い付き合いしか無かったが、それでも俺にとっては大切な主人であり、心から仕え側にいたいと思える人であった。
……最も自身がこの先、祖国ヴァリエに戻れる保証はないのだが。ああユウマ様。どうかこのリオナを見捨てないで頂きたい。
「ふふ、まさに従者の鑑だな。それでは行ってこいリオナ。マスキュラから瞬馬を貸し出すよう頼んである」
「ありがとうございます」
「……リオナ・ルーミエ殿。貴殿のこたびの温情、まことに感謝する。この礼はいつしか必ず返させて貰おう」
「礼は良いのでマスキュラ様はその、あまりアリエラ姫にご心配をおかけすることがないよう、今後は慎んで頂ければと」
俺の言葉に、マスキュラは父である彼を心配そうに見つめるアリエラ姫と改めて目を合わせる。その両者の瞳は微かに涙で潤んでいた。ううん。たまには俺からアリエス陛下に、姫とマスキュラを合わせるよう進言した方が良いのか。
「ああ、そういえばリオナ」
「……? なんでしょうアリエス陛下」
「選王の儀についてだが。俺はシュルツとエクスの二人に決闘をさせ、勝者が望む方に票を投じるつもりだ。なので私が追って到着するまでの間に、準備を終わらせるよう伝えておいてくれ」
は? 決闘? アリエス陛下が着くまでに準備?
あまりに唐突で荒唐無稽な内容だが、ここしばらくゼルフィの王宮でアリエスの側付きをしていた自身には分かる。彼は本気だ。目を見れば分かる。
「い、今すぐに向かいます。マスキュラ様、瞬馬を用意している場所まで至急案内を」
「ハハハ! 慌て過ぎて本当に馬から落っこちるなよ? リオナ」
クソ、笑い事じゃあ……ああ、どうしてアリエス陛下を始めこの人らはこんな滅茶苦茶なんだ。やっぱ苦手だここ。早くヴァリエに帰りたいですユウマ様。




