106. 用意周到
「シュルツ第一王子殿! 儀の開始に遅れたこと、誠にあいすまなかった!」
儀が始まってから一刻ほどが経ち、場に姿を現したのは全身に返り血を浴びたレムール帝国第四皇子。いやナダグラ国王、フェリペ陛下その人であった。
「投票はこれで良いな!? さあてシュルツ王子殿。俺のクソ兄貴、いやカルロス兄上がどこに逃げ隠れたか教えてはくれまいか? ……あんの鳥ガラ野郎、俺の乗る疾馬の馬車に刺客を放ちやがった! 今度という今度はもう許さねぇ」
そうフェリペはひどく肩を怒らせたまま瞬馬に跨り、カルロスが向かっているだろう祖国の空の方角へと飛び立っていった。
……彼がナダグラの国王でありながら、自国にとどまらず諸国を漫遊していた理由。それは帝国内の政情が安定せず、皇位継承権を持つフェリペ本人もひっきりなしに命を狙われる状況にうんざりしていたからだと聞いている。シュルツとエクスの兄弟仲も大概だと思っていたが、どうやら上には上がいるらしい。
壇上には赤の灯火が二つ、青の灯火が一つ灯り、時折吹く風にゆらめいている。一刻待ってもアリエスの訪れはなく、そろそろ壇上の皆も従者の用意した椅子に座り、その暇をあかすべくぽつぽつと雑談を始めていた頃合いであった。
「シュルツ第一王子! ハラルド様! ……リ、リオナ・ルーミエ。ゼルフィ国王アリエス陛下の伝言をお伝えすべく、ここに馳せ参じました!」
そろそろ夕方に差し掛かる頃合い。瞬馬に乗ったリオナが満身創痍といったていで、壇上に転がり込むよう現れた。
「リオナ……! うわっ、ボロボロじゃないか! すぐに手当を」
「その前にアリエス様からの伝言を。陛下は宮廷を出る直前、突如ゆくえをくらませたアリエラ王女を捜索すべく奔走しておりましたが、先刻ゼルフィ国内にて王女の無事を確認し、急ぎ疾馬にてこちらに向かうとのこと。ハァ、あとは、その」
「大丈夫だリオナ、ゆっくりでいい」
「うう……アリエス陛下は、シュルツ王子とエクス王子のどちらに票を投ずるか。王子二人の決闘の結果、勝者の望む方に票を投ずると、そうおっしゃっていました。なので自身が辿り着く前には準備を済ませておけと」
リオナの言葉に、その場の全員の空気が文字通り固まった。
いやちょっと、待って。本当に自由すぎんだろあの王様…………。
「そんなバカなことが……いや、あのお方であれば、たしかに言いかねませんな」
ハラルドのうめくような声に、俺も一人静かに目を瞑る。まあ、あのアリエスが大人しく言われた通りに票を投ずるとは思っていなかったが。決闘かぁー……流石に予想外だなこれ。どうするよ。
エクスもはじめ呆気にとられた様な顔をしていたが、やがて平静を取り戻したのだろう。静かな声色で、こちらに向けて言葉を紡ぐ。
「あやつが一度そう決めたのなら、やらざるをえないだろう。どう思う兄上? ユウマ殿。我らは互いを害さぬ祖の誓約を結んだもの同士。通常であれば、決闘などもっての他だろう」
エクスの言うことは最もだ。決闘は、魔法の威力を落とす特殊な杖を用いて行うとはいえ、それを踏まえてもかなりの危険が伴う。普通にやっていれば誓約違反で儀どころの話ではなくなることだろう。
「……俺からの提案は一つ。決闘における杖の使用を禁止し、木剣も両者の体に当てるのは禁じた上で行うというのはどうでしょうか。決闘の勝敗を決める条件は、体の背面もしくは膝が地面についた状態で、剣もしくは杖をつきつけることではありますが、この場合は剣を取り落とした時点で敗北という条件が良いでしょう」
「……」
これは一見、剣の心得があり体格も優れたシュルツに圧倒的有利な条件の提案だ。しかし、おそらくこの条件ならエクスは乗るだろう。現に彼はその唇に笑みを浮かべ、美しい青色の瞳を細める。
「いいだろう。受けて立とうじゃないか」
「ああそれとエクス王子。『杖の使用を禁止する』というのは言葉通りの意味でなく、魔法の使用を禁ずるという意図も含んでいます。杖を使用しない『無杖』魔法も、当然この場合は使用出来ない前提で考えていただければと」
「……!」
俺の言葉に、エクスの顔が大きく歪む。やっぱこいつ使おうとしてやがったな無杖魔法……。
『無杖』は、杖を用いず詠唱のみで魔法を用いる高等技術だ。魔法の扱いや、魔物との戦闘に秀でているエクスであれば当然使えるだろうと思っていたが。探りをいれておいて良かった。
「エクス王子。シュルツ王子との剣のみを用いた決闘を受けるという先ほどの言葉、よもや取り消しはいたしますまい」
次いでエクスに圧をかける。うーん。正直弱いものイジメのようで良くないとは思うが、こっちはシュルツの身の安全がかかっているのだ。いくら祖の誓約があるといえ、魔法を使われてしまえば不慮の事故を装われる可能性がある。ここは譲れない条件……。
「ユウマ」
隣の伴侶が、静かにこちらへと呼びかける。何ですかシュルツ様、ここは俺に任せて……。
「我が弟エクスとの決闘、私は互いに魔法を用いて行うべきだと思っている」
「……はい?」
「アリエスとの私信にて、私と彼のみ今回の件は把握していた。勝算もある。だからここは、どうか私に任せてくれないか?」
魔法ありの決闘……? あらかじめ知っていた? は? いやちょっと待ってくださいよシュルツ様。
「な、何故、そうであるなら。決闘のことを事前に俺へと相談してくれなかったのですか?」
「……お前なら、言わずともその訳が理解できることだろう」
「いや、ちっとも分からないです。あなたの口から今はっきりと、その理由をおっしゃって下さい」
ふつふつと、自身の内から湧いてくるのは紛れもなく覚えのある感情。いや、十中八九そうではあるのだろうが。ひょっとしたら俺の予想できない、何か致し方のない事情があるのやもしれない。だからさ、まずはちゃんとシュルツ本人から理由を聞こうじゃないか? なあ?
「……ユウマよ」
「はい」
「私に危険が伴う条件の決闘を、お前は決して容認はしないだろう?」
「ええ」
「ゆえに黙っていた」
しかし無常にも。シュルツのその言葉は、俺が予想していた内容まさにそれそのものであった。
……てめぇ〜〜!! レッサードラゴン討伐の時に俺が黙って無茶しようとしたことへの仕返しかコラァあ!!
ぜったいに認めない。許さん。今からシュルツを俺の手でコテンパンにして決闘できねぇ体にしてや……あっ、ちょっとダミアンさん。何で俺の手から杖を取り上げて。おいシュルツなんだその見覚えのありすぎる小瓶は。鎮静薬だろそれ。俺が怒り狂うのわかっててあらかじめ用意してたな!? うわっやめ……! ああぁ〜〜〜……。




