105. 待ちますか
次いで壇上に立つのはネーベル王国の王デュオニス・ネーベル・ファルタだ。セレニケの父親らしく、その面立ちは歳の割に麗しく若々しい。彼もまたエクスに票を投じ、壇上に灯る赤の灯火は二つ。この時点で、現状王三人の投票にて行われる儀の勝敗は決した。
「スーデン国王バラム・スーデン・ファルタ陛下。どうぞ御前に」
最後に、ゲランの兄である国王バラムが壇上へと上がる。彼はシュルツから二片の羊皮紙を受け取り、そうしておもむろに自らの親指に歯で傷をつけると、その血をシュルツとエクス双方の票になすりつける。
「バ、バラム陛下? 一体何を」
「うむ……諸君! 私はこの選王の儀において、どちらの王子を我らが王の同胞として迎えるか、今一つ決めかねておる。選王の儀の刻限は、確か日が沈むより前であると書で読んだ。ゆえに私は時間の許す限り、ヴァリエの玉座に座らせるものをここでしかと長考した末、選ばせてもらおう!」
そう言い切って、バラムは豪快にどんとその場に腰を下ろしあぐらをかいた。
彼の突然の行動にしばし周りは唖然とするが、やがてその静寂を引き裂くよう、大きな笑い声が辺りへと鳴り響いた。
「ハッハハハハ! 流石は我が兄上! 全くもって豪胆な振る舞いよ。貴殿の親愛なる弟のわがままはしかと覚えておいでか」
「みなまで言うなゲラン。ちゃんと分かっているとも。お前が私に申し伝えた内容を踏まえた上で、考えをまとめる心づもりだ」
そう言ってバラムはにやりと、壇上より下にいる弟へと笑いかける。
いや、やりたいことは分かるんだけど……弟がいうよう本当に豪胆だなぁ。日頃であれば頼もしくはあるんだろうけど、何だろう。今俺どういう顔していいか分からないよ。
そんな茶番じみたスーデン国王兄弟のやり取りを前に、レムール第二皇子カルロスが天幕の中より声を上げた。
「バラム! 貴殿のわがままには到底付き合っておれぬ。儀を締めるつもりがないのなら、私はここで失礼させて貰おう! ふん。票を投じた後、儀の終了まで我らが見守る決まりは無かった筈……エクス第二王子。私はそなたに対する自らの義理は十二分に果たした。後は好きにさせて貰う」
そう言って、カルロスは座から立ち上がると、そのまま従者を引き連れ場を後にする。ついで、心なし申し訳なさそうな声色で、ネーベル国王デュオニスが声を上げた。
「シュルツ第一王子殿。エクス第二王子殿。合いすまぬ、夕刻に伴侶との先約があってな。ここで失礼させて頂こう。ああ、そうだエクス殿。先日貴殿より贈られたミスリル銀製の精緻な宝飾の数々。伴侶とセレニケが大層喜んでおった。誠に感謝する。良ければぜひ、また我が宮殿に遊びに来てほしい」
そう言い残しデュオニスもまたこの場を後にする。確か彼は入り婿で、王位を厭うた伴侶の為に特例で一国の王になったのだとか。さぞや頭が上がらないことだろう。
まあね、良いんですよ多忙な方や先約のある方は遠慮なく帰って頂いて。ハハ。
しかしバラム陛下……ゲランに良く似た風貌をした壮年の王は、どうやら本気でシュルツを王にしようと考えているようだ。
三名の王による投票で、この選王の儀が終わってしまえば彼の票は無駄となる。故に、今到着の遅れているアリエスとフェリペを待つべく、バラムは機転を効かせこういった行動に出たのだろう。
ゲラン経由で、バラムに投票を依頼した先は第一王子シュルツその人だ。
今回の選王の儀にて、俺たちはスーデン、ナダグラの2票がこちらに入るよう指示を出している。その理由は、ある種の保険とでも言うべきか。エクスが王となった場合。全会一致で王となるのか、僅差勝ちとなるかで、俺たちの対外的な影響力が変わってくるからだ。
……結局、この期に及んでもなお、俺とシュルツは第二王子エクスを心より信用しきることが出来なかった。
ゆえに何かのかけ違いでシュルツが王になるリスクより、エクスが王となった後の保険を優先し、こういった回りくどい方策を取っている訳だ。
いやあ……しかし2対1なら及第点と思っていたが、そう来たかぁ。まあバラムはこちらの思惑まで知る由もないため、純粋に俺たちが王となれるよう気を利かせてくれたのだろう。こちらが彼を責める道理は一つもないのだが。
ちらとエクスの方を見た。うわ、あからさまにキレてる。その美しい顔を怒りと屈辱に歪ませ、彼はバラムの方を睨みつけていた。まあこの国王様がさっさと票を投じてくれればエクスの勝利は決まっていたのに、この仕打ちは業腹ものだよな。
ただまあ、今回はスーデン王の方が一枚上手だったというわけだ。ということで、もう少しこの茶番にお付き合いしましょうか、第二王子殿。




