103. 許してくれ
「エクスは、私にないものを多く持っている。とても優秀な弟だ」
シュルツがぽつりぽつりと、そう言葉を零す。
「幼い頃は私のことを兄と慕い、ずっと側について離れなかったが……思えば元から、エクスは兄の助けや導きなど必要としない強い人間だったのだろう」
数秒の沈黙が流れた後、再びシュルツが言葉を紡ぐ。
「……ユウマには話したことがなかったが、私は九歳の時に魔法の制御を誤り、エクスの右肩に大怪我を負わせたことがある。それ以降、その一件がトラウマになり弟を避けるようになった……本当に辛い思いをしたのは弟当人であったろうに、私は彼を労わることすらせず、ただ自分の保身のことしか考えられなかったのだ」
それは後悔の滲む声色であった。
「そんな情けない兄の姿に、弟もいい加減目が覚めたのだろう。エクスは風の魔法の使い手としてめきめきと頭角を表していき、兄が側に居なくとも気丈に振る舞い、多くの人間と交流を深め。あっという間に私の元から独り立ちをしていった。そうして気付いた時には……私と弟の間には、兄弟としての埋まらぬ溝が出来ていたのだ」
「そんなことがあったのですね、シュルツ様」
「ああ。……私はどこまでも弱く。そうして弟はどこまでも強い人間だ。今更なにをと思うかもしれないが、私は自身の弟のことを心底誇りに思っている。エクスはこちらの事を、もはや兄とも思っていないかもしれないが。私にとってはいつまでも可愛い弟のままだ」
「うん、そうですよね。俺も弟を持つ身なのでわかります……あのぉ」
「どうした? ユウマ」
「ピロートークをするのなら、その、一度離れて頂いても良いでしょうか……?」
本当真面目な話してるところ申し訳ないんですけどね。流石にこのままだと落ち着かないんですよ。
あの後シュルツと俺は夜の営みを送り、それが終わるやいなや彼が昔話を始め今に至る……そう、本当に「終わってすぐ」のままなのだ。ちょっとどういう状態なのか、俺の口からは言えない。
「ああ、そうだな。すまなかったユウマ」
ありがとう分かってくれて……。
「今すぐ続きを始めよう」
違うそうじゃない。
「シュ、シュルツ様、今日はその……もう十分ですから」
「私以外の男に触られたのだろう? それを上書くのに、先ほどの営みでは到底足りない」
いや足りてるだろ! 三回もすれば十分すぎ……うっ、ちょっと胸いくのやめて。今日触られすぎてもう痛いぐらいだからぁ〜〜……。
「ひえぇ……」
「見知らぬ男に触られて、お前も怖い思いをしただろう」
え、いやぶっちゃけ途中までシュルツと勘違いしてたから怖いとかは全然……って正直に言ったら不味い気がするな。話あわせとこ。
「は、はい。とても怖かったです。シュルツ様」
「そうか……もう大丈夫だ。今は私がついているからな」
優しくて頼もしいシュルツの声が耳元に響く。おおっ。こ、これ。大分いいかも。こんな風に年下の旦那に甘やかされるのも悪くな……おい、ちょっと。
「んっ! ぐぐ」
のし掛かられ、シュルツに唇を奪われる。まるで他の男に触れられた箇所を、あますことなく上書きせんといわんばかりの執拗な口付けに、息が苦しくなる。
……シュルツも割と嫉妬深いよなぁ。キスも今日されすぎて、唇はれてる気がするもん。本当最後までいかず、途中で別人だと気付けて良かった。これ下手したら腰がとれてたかも、ハハハ……このまま続いたら笑いごとじゃ済まなくなるな?
「っ〜〜!」
どんどんと目の前の逞しい胸を叩くと、ようやくシュルツは自身から唇を離す。
「っ、はぁ、はあ……」
「ユウマ」
……何だよぉ。今日はもう絶対しないからな?
そう心中で決意しながら上を向き、思わず俺は息を呑む。
目の前には、熱に浮かされた美しい男の顔、愛しい伴侶シュルツの姿が視界いっぱいに広がっていた。
うぅ。なんて顔してるんだ。そんな……そんなんされたらもう。全部許したくなっちゃうだろ。わ、分かった。あと一回ぐらいなら……。
「この世の誰より、お前を愛している」
何でいま追い討ちかけた? 急にそんなガチ告白されたら普通に照れちゃうだろ。何だ。一回じゃ飽き足らず二回か? 二回許して欲しいのか? うぅ……許しちゃう♡
「……お前は弱いままでいいと、ただありのままの私を肯定してくれた。だが私は、そんなお前の側に立つに相応しい男になりたいと、心の底からそう思っているんだ。だからユウマ。どうか私を許してくれ」
許すというその言葉に、ドキリと胸が鳴った。
先ほど心中で一人繰り広げていた茶番は、決して声には出していないはず……なんのことか話が見えてこない。
いやあ、シュルツは本当にムリしなくて良いんだって。今もままでもすごいし、カッコ良いし、ホント十分すぎるから。だからそろそろ俺を解放し……おいおい。なし崩しに続けようとしてるな? 許すけどぉ〜〜……もうぅ。




