102. 信じるもの
「……シュルツ様」
あの後、護衛の報告を聞いたらしいシュルツは、すぐさまエクスとの予定を切り上げこちらへと飛んできたそうだ。そして部屋から人払いをするや否や、ぎゅうと強く俺の体を抱きしめ、黙り込んだまま今に至る。あのぉ。
「どこまであの男に触られた」
「いえ。シュルツ様も報告は耳に入れてると思いますが、彼は何も」
「私に対して嘘を吐くことは許さん」
「……少々胸をまさぐられたのと、口付けが一度」
ダメだ、何故だか知らないがバレている。それでもこれだけは言っておかねばと、恐る恐る口を開く。
「シュルツ様。どうかリベク・エーミルと、護衛の皆を公に罰することだけはお辞めください。この件は内内に処理して頂きたく……」
「報告を受けた時、お前の意図は私にも十二分に伝わった。処罰は下さない。だが今後の対策は講じよう」
シュルツはそう言った後、俺の体を離して、ふいにこちらの唇に親指で触れる。
「こたびの件は、全て私の甘さが招いたこと。お前に恐ろしい思いをさせてしまい、本当にすまなかった」
「シュルツ様が謝ることではありません。今回ロミアスさんを護衛から外したのは、俺の判断もあるのですから。それに」
俺はなんとか話の流れを変えようと、自身の口から言葉を紡ぐ。
「今回のことで少なくとエク……敵が、もう俺の命を狙う気はないことが分かりました。だってその気になれば、こちらの寝首をかいたり毒を盛る事だって出来たはず」
肩を抱くシュルツの手に力が籠る。しまった。こんなことを言っても、不用意に彼の不安を煽ってしまうだけだというのに。なにせ今回はたまたま危険が無かったから良いものの、万が一そうで無かったら。
「……私は、心のどこかでまだ弟のエクスを信じたいと思う気持ちがあった。だがその迷いを、弱さを今日ここで断ち切る。私は、真に自らが信ずるものを選ばなければならないのだろう。そうでなければ、本当に守るべきものを守ることもできない」
ああ、彼を思い詰めさせてしまった。自らの不注意が招いた結果に対して、俺は漠然とそう内心で後悔する。
「シュルツ様。今日、エクス様とお話は出来ましたか」
「……ああ」
「なら良かった。ねえシュルツ様。俺にはあなたと同じ、三つ歳の離れた弟がいるんです。大人になってからは言葉を交わすことも少なく、結局最後まで分かり合うこともありませんでしたが。それでも彼は、俺の中ではいつまでたっても可愛い大事な弟なんです」
「……」
「別に無理に捨てなくたっていいんですよ、シュルツ様。今その時、自分が信じたいものを都合よく信じて。捨てたくないものは意地汚く抱え続ければ良い。ハハ。でもシュルツ様は、俺みたいなテキトー人間とは真逆のご性分ですもんね。ちょっと難しいかな」
上手く言葉がまとまらない。それでも、自身の伝えたいことが少しでも多く彼に伝わるよう、言葉を振り絞る。
「俺は弱さを切り捨てず、多くを背負い込みながら歯を食いしばり、今まで頑張ってきたあなたのことを心から尊敬しています。だからどうかシュルツ様。あなたは変わらず弱いままでいてください。強さを求められたのなら、その時は俺や周りを頼れば良いんです。……この世界で、ただシュルツ様一人だけは、大切な弟御の手を離さずにいてあげてください」
それは、ある種の祈りのようなものだった。何かを切り捨てるというのは、ひどく容易で単純な事だ。だから人は生きる為にそれを幾度も繰り返し、たやすく心を擦り減らしていく。ゆえに俺の愛する伴侶。シュルツにはただそうなって欲しくないと思った。
彼はしばしの無言の後、俺の身を強く抱きしめる。シュルツが再び言葉を紡ぐことはなく、ただ沈黙のみが、俺と彼の間を流れ続けていた。




