99. 無理はするなよ
「いきますよぉ……」
ここはヴェイルセル王城の中庭の一つ、牝鹿の庭園。日も暮れかけた夕方時、俺とロミアスは数メートル先の的に向かい、杖をかざすジュリオスの様子を見守っていた。
風属性の魔法の詠唱と共に、ジュリオスの体を中心に風が吹きまとい始める。あーこれは駄目なヤツだと素人目にも分かったが、ロミアスが静観の姿勢を保っているのを見て、一旦様子を見ることとする。
ジュリオスは詠唱を終え、発動のキーとなる単語をその唇から発する。すると彼の緑がかった黒髪がぶわりと宙にたなびき、そうして不意にこちらへ向けて鋭い風の刃が飛んできた。
「うわっ!!」
咄嗟に手で庇うポーズを取るが、刃は俺の体に届く前、ロミアスがあらかじめかけていた氷の魔力の防壁に弾かれる。おお、ビビった。大丈夫と分かっていても、実際に来るとつい身構えてしまう。
「アっ! す、すすすみませんユウマ様ぁ……!」
「いやいや大丈夫。ちゃんと防御魔法で弾いてもらったし」
「……これは思っていたより重症ですね」
ロミアスが、真顔でジュリオスの方を見つめる。その視線にジュリオスが萎縮したのに気付き、咄嗟にロミアスも笑顔を繕うが、その表情はどこか固い。
「ジュリオス殿が『魔物憑き』となったのは、たしか6歳の時分でしたか。そこから魔法を使用したことは?」
「あ、危ないからと魔法を使うのは禁止されていたのですが……毎晩隠れて、庭先で自主練習を」
「なるほど。端的に言えば、貴殿の場合『魔物憑き』が行う独特な魔力の操作に慣れすぎて、それが悪癖となって身に染み付いてしまっている。矯正には長い時間がかかることでしょう」
「そんなぁ」
「……とはいえジュリオス殿はまだ若い年頃。きちんとした師のもとで訓練すれば、いつかは正しく魔法を扱えるようになると思います」
ロミアスは、ジュリオスを元気付けるよう優しい声色で言葉をかけるが、薄々俺にも理解が出来た。彼はあくまで「いつか」と、その時期を濁した言葉を用いている。おそらくロミアスの目から見て、ジュリオスは必ず魔法を使えるようになると。そう断言できる状態にはないのだろう。
「分かりました。俺、フルーメの家の方々にお願いしてみます!」
「……ちなみにジュリオス、これは以前シュルツ様から聞いた話なんだが」
「ん? なんでしょう?」
「シュルツ様は魔物憑きになった時、剣の稽古を始めたところ二年で魔法が使えるようになったそうだ。魔法の訓練をし直すのも良いけど、あえて違うことに挑戦してみるのもアリなんじゃないか?」
俺の言葉に、ロミアスはどこか納得がいったように頷く。
「グーリン家では魔法の訓練と並行し、剣術をはじめとした武芸の鍛錬をするとダミアン殿から聞いたことがあります。確かにその方が、ジュリオス殿にはあっているかもしれませんね」
「つまり俺は、剣と魔法両方の訓練をすれば良いと……?」
それはちょっと、大変かもしれない。ジュリオスはただでさえ王城勤めの身で、慣れない文官としての仕事に日々追われている。二兎を追うもの一兎も得ずとも言うし、どちらかに絞った方が良いだろう。
「そこは無理せず、まずはジュリオスの好きな方から始めて見れば良いんじゃないか」
「うーん……」
ジュリオスは俯きながら悩んだ後、ぱっとその幼い顔を上げる。
「じゃあ俺、剣の稽古からやってみます!」
おお。俺とシュルツの案が採用された。いや、これが正解かどうかは分からないんだけど。
「じゃあ城の兵士達の鍛錬に混ざれるよう話を通しておくよ。時間があれば、ダミアンさんに指導してもらうと良い。俺からもシュルツにかけあう」
「ありがとうございます!」
「本当に無理はしなくて良いからな。そもそもジュリオスは文官候補なんだから、魔法が使えなくても大丈夫だって」
「あ、いえ。その。お恥ずかしながら、白月の舞踏会を経て、改めて俺も魔法が使えるようになりたいと思いまして」
ジュリオスはそう照れくさそうな顔で、言葉を紡ぐ。
「俺、ドジで世間知らずで周りに迷惑をかけてばかりですが、少しずつでも人と同じことが出来るようになりたいんです。いつか……パ、パウル様の隣に立った時、誰がなんと言おうが俺は彼の伴侶なのだと。そう自分を肯定し誇れるような人間になりたい」
なんて立派なんだジュリオス……。
親バカ……いや彼の父ダグラスほどではないが、思わず自身まで涙ぐみそうになった。ロミアスも生温かい目で俺とジュリオスを見ている。え、待ってなんで俺まで。いや、まあいいか。
「俺も全力で応援させてくれ、ジュリオス」
「えっ……いえ、ユウマ様。どうかぜひよろしくお願いします!」
よしその意気だ。ビシバシ稽古つけてもらえるようダミアンに頼んどくからな。
「さて、ところでジュリオス。少し内緒の話があるんだが、こっちに来てもらえるか」
「は、はい」
俺の言葉に、ロミアスが無言で俺たちと距離をとる。ありがとな。いやまあロミアスなら別に聞いてても良いと思うけど、内容が内容なので念の為。
ちょこちょこと隣に寄ってきたジュリオスの耳元にて、俺は小声で言葉を紡ぐ。
「フラミスさんから危険な仕事を任されたって聞いたけど、本当に大丈夫なのか?」
ぶっちゃけ、これが今日彼を呼び出した本題である。
先日フラミスは今耳打ちした内容と、それに対する許可を俺に求めてきた。おそらく俺が個人的にジュリアスを気にかけているのを知っての配慮だろう。
正直、内容を知らされていないので答えようも無かったのだが。彼にしか出来ない仕事で、かつ命の危険がないようフラミス本人も全力でバックアップすると言っていた。その言葉を信じて頷いたものの、やはりどうしても自身の胸には心残りがあった。
「ああ……」
ジュリオスは俺の言葉に思い当たったのだろう。その麗しい眉毛をきりっとあげて、真剣な眼差しで俺の方を見つめる。
「……大丈夫です。フラミスさんは俺の実績を買って今回の仕事を授けてくださいました。ことコレに関してだけは、俺も人より自信があるんです。必ずやり遂げて見せます」
なるほど。もう今の発言だけで、どういう仕事を任せられるのか薄々想像がついた。
「本当に無理だけはするなよ」
「はい!!」
分かっているのかいないのか。ジュリオスはそれは大層大きな声で、俺の耳元にて元気に返事をした。うおっ、気合いが入ってる。いいぞその意気だジュリオス……うう、耳がぁ。




