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【番外編】恋は盲目



「アラミス殿! どうか今一度、アリエス陛下に進言を」

「ええ、分かっておりますマスキュラ殿。貴殿の勇猛果敢たる働きぶりには、我らも常々驚かされている。アリエス陛下にもその仔細はお伝えしておりますが……」


 ゼルフィ王国グロース邸の応接室。俺とナルシスは、扉の隙間から中の様子を覗きつつ、ひそひそと小声で言葉を交わす。

 

「あれは確か、アリエラ姫の父君……」

「マスキュラ・ラムール殿だな。何度来ようが無駄だというのに、全く懲りぬものだ」


 マスキュラ・ラムール。ゼルフィの中流貴族ラムール家当主の弟にして、たしか歳の頃は今年で二十九となるか。


 彼はゼルフィ王国随一の魔物討伐の腕前を持ち、昨年はなんと齢百五十年のドラゴンをたった四人の少数精鋭で撃破したのだとか。燃えるような赤毛の髪に、類まれなる火の属性を持つ精悍な面立ちの偉丈夫だ。


 マスキュラはこの国の王アリエスの一番目の夫にして、第一王女アリエラの実の父君だ。

 我が父アラミス曰く、彼とアリエスの婚姻は周りの思惑の絡んだ政略結婚であり、父は「子が出来た後は好きにしても良い」と渋るアリエスを説得したのだという。


 その言葉の通り、アリエスは娘を授かった後にマスキュラとの離縁を申し出た。しかしその申し出に彼は大激怒し、正式に夫婦関係が解消された後も、こうしてヨリを戻そうと当時の仲人を務めた父アラミス・グロースの元を度々訪れているという次第だ。


 ちなみにマスキュラは、以前宮廷にてアリエスの二番目の夫と杖傷沙汰を起こして以降、ゼルフィ王宮への出入りを禁じられている。そこで正式な処罰を下せれば良かったのだろうが、いかんせん彼は魔物討伐という面においてゼルフィ国内随一の成果を残している猛者。彼を信奉する者達も多く、国王アリエスですら彼を厳しく処罰することは叶わなかったという。


「俺はマスキュラ殿のことを応援する」

「はぁ……それはまたどうしてだ、ナルシス」

「マスキュラ殿は、アリエス陛下への変わりなき愛を示すため、今なお強大な魔物の戦いに身を投じている。その愛の献身を、誰が軽んずることがあろうか」


 ……まあ、こいつはそう言うだろうと思った。


 マスキュラの厄介な所は、彼が王配という身分に固執していた訳ではなく、あくまでアリエス陛下当人に心底から懸想し執着していたことである。その姿勢はある意味「高潔」と捉えても差し障りないものなのだろう。しかし。


「あのなあナルシス……いくら愛してるからといって、何をしても良いわけじゃないだろ。特に今回の場合、アリエス陛下はマスキュラ殿に対してさしたる関心を抱いていない。想い人の意に反し、独りよがりに自らの愛を押し付けようとするのは、間違ってることだと思わないか」

「ふん、アドニスは本当に何も分かっていないな。相手に気持ちがないからといって、愛してはいけない道理がどこにある? そも人の心とは移ろいやすいもの。こちらが愛を示し続けていれば、いつか相手が振り向くことだってあるだろうに」


 ナルシスにしては珍しくまともな反論に、言葉を詰まらせてしまう。シュルツ王子に対して、当人と周りの迷惑も考えず愛をうそぶく彼の振る舞いを、遠回しにいさめようと思っていたのに……。


「それにマスキュラ殿は、シュルツ様ほどではないにせよ格好が良いからな。麗しきアリエス様のお隣に立つには相応しかろう」

「……お前、ああいうのがタイプなのか?」


 マスキュラは正直言って、美男というよりは偉丈夫という言葉が似合う筋骨隆々の大男だ。

 あれがナルシスのタイプだとして俺は……今からでも、体を鍛えた方が良いのだろうか。


「いや、どっちかと言えば俺がああいうイカした体型になってみたい」


 そっちか。


「ただシュルツ様の好みには合わぬだろうから、思うだけだ。ユウマ殿もパッと見は細身に見えたし、やはりシュルツ様はああいった見目がタイプ……ふぁ、は……」


 突如、ナルシスの言葉尻に不穏なものが混じる。お、おい、ちょっと。分かってるのか。今はお前のわがままで父と客人の会話をこっそり聞いている最中……。


 不穏な懸念は瞬く間に的中し。ナルシスの盛大なくしゃみにより、扉前で盗み聞きをしているのがバレた俺たちはその場でこっぴどく父に叱られることとなる。なおその後ナルシスは、特に悪びれた様子もなく「誰かが俺の噂をした気がした」などと宣っていた。くそ。どうしてこんなのを好きになってしまったんだ俺は……。


 

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