98. 弟というもの
いよいよ建国祭まで残り二週間。選王の儀はそれより前、今日から一週間後に催されることとなる。
「確かジュリオスも、儀の準備に関わっているのですよね?」
「ええ。フルーメ家の側近が付き添いのもと、今は扱かれ……いえ、根をつめて仕事を覚えている最中だそう」
そうか。シュルツの話によると、ジュリオスの引き受け先であるフルーメ家は古く格式ある家柄なのだとか。
彼は箱入り息子として育った為か、やや同年代より経験の浅く未熟な面がある。俺としてはそこも愛嬌だと思っていたが、格式を重んじる名家の養子となった以上、そうも言ってられないのだろう。
リオナは変わらずゼルフィの宮廷にて側仕え。ジュリオスは儀の準備に奔走する最中、現状俺の側付き兼護衛を務めているのはロミアスである。いやぁ……仕事を増やして申し訳ない。フェリペがこちらに来たら、ロミアスが長期で休みを取れるようシュルツにかけあっておくか。
「ユウマ様?」
あ、ごめん。話の途中だった。えーと。
「……選王の儀は、最後に行われたのが四、五百年前と聞いたのですが、準備の方はどうでしょう」
「王城の書庫に儀の記録が残されていたため、それを元に再現されるそうです。とはいえ今世で用意の難しいものは都度置き換えるそうですが」
「へえー。例えばどんなものが」
「かつて儀には、シュヴァン・グーリンの討伐したエンシェントドラゴンの頭蓋骨が使用されていたそうです。ですが今では現物が失われている為、百年前にドラウ・ランバルとその子息らが討伐したエルダードラゴンの骨で代用するのだとか」
随分とおっかない代物使うんだな。選王の儀。
エルダーは二百五十年、エンシェントは五百年以上生きたドラゴンに対して用いられる呼称だ。自身が倒した二十五歳のレッサードラゴンの比ではない。いざ自分が竜退治を経験して改めて分かる。先人は偉大だ。
そう俺たちが雑談に興じていると、扉から控えめなノックの音が聞こえる。次いで名乗りを上げたのは、先ほど話題に上がったばかりの少年の名。
「入ってくれ」
「はい、失礼いたします」
しずしずとした所作と共に、扉を開け現れたのは先ほど噂した麗しい少年の姿。ジュリオス・グーリンもといジュリオス・フルーメ。このヴェイルセル王城の見習い文官である。
「シュルツ様よりお手紙を預かっております」
「ああ、それはご苦労だったな。仕事にはもう慣れたか?」
「……ユウマさまぁ〜……っあ、いえ。皆々様のご指導のおかけで、何とかやっていけております!」
斜め後ろに控えるフルーメ家側近の鋭い目線に、ジュリオスはびくりと肩を震わせ声を張り上げる。うん。どうやら噂通りの状況みたいだな。
ジュリオスが、手紙をロミアスに渡したのを確認した後口を開く。
「ジュリオス。直近どこかで時間取れそうか?」
「はい。休憩時間であれば多少は」
「あ、いやそこまでは……えーと、確かエスカラさんでしたっけ」
「……ユウマ様にお見知り置き頂き、まことに光栄にございます。ジュリオス様の業務について、夕餉の一刻前までなら調整が可能です。いかがいたしましょう?」
「では調整の方お願いしても良いですか? ジュリオスは仕事が終わったら牝鹿の庭園に来てくれ。話したいことがある」
「あ、はい! 承知いたしました」
ジュリオスはぺこぺこと何度か礼をした後、側近のエスカラと共に部屋を後にする。
俺がシュルツからの手紙をあらためていると、ロミアスがしばしの沈黙の後、言葉を紡ぐ。
「……私が同席しても、構わない内容でしょうか?」
「ああ、元々ジュリオスとは彼の魔法を見ると約束してたんですよ。なのでロミアスさんも同伴して頂けるとありがたいです」
俺の返答に、ロミアスが頷く。そうして先ほどよりも柔らかな声色で、彼は言葉を紡いだ。
「……ユウマ様は、ジュリオス殿のことをずいぶんと気にかけてらっしゃるのですね」
「あ、分かっちゃいます? いやぁ〜……ジュリオスは小さかった頃の俺の弟によく似ていまして、つい気になっちゃうんですよね」
「ユウマ様の弟御ですか?」
「ええ。中学、いや十四歳の反抗期からすっかり可愛げがなくなりましたが、昔は俺のことを兄と慕っていつもキラキラした目でこちらを見上げていた……懐かしいなぁ」
俺には三つ年下の弟がいる。肉親のひいき目を抜きにしても弟はいたく優秀で、全てにおいて俺より優れていた。故に俺が兄貴風を吹かせていられたのも、割と短い期間で……とほほ。思い返して悲しくなってきた。
「ロミアスさんの所はどうでした? 確か妹が一人、弟が二人と伺ってますが」
「えっ。ああ私は、お恥ずかしながらあまり兄らしいことをしてこなかったもので。父フラミスのもとで魔法の勉学に明け暮れていましたから、魔法のことに関して助力を求められたことはあれど、それ以外には……」
あっ、結構ドライな感じだったんだ。まあ家庭の事情は人それぞれだしなぁ。うちも母親が死んで、弟が反抗期迎えてからは割と冷めた感じだったし。
「そうだったんですね……」
「あ、いえ。決して兄弟仲が悪かった訳ではなく、むしろ良好な方ではあったと思います。弟も妹も、ナルシスを除きとても聞き分けの良い子らでしたから」
久しぶりに聞いたその名に、フラミスの末子である例の美少年の姿が脳裏に浮かぶ。
そういや改めてすごかったな、あの子供。元気にやってると良いな。アドニスと一緒に。流石にシュルツのことは、そろそろ諦めていて欲しいが。




