97. シュルツの褒美
その日の夜。ヴェイルセル王城の一室にてシュルツの帰りを待つ自身の胸は、期待と喜びで今にもはち切れそうであった。
ようやくシュルツにこの身を抱いてもらえる……! 討伐の前夜に言葉こそ交わしていたものの、その分伴侶に対する愛しさも胸の内に募り、触れることの出来ないもどかしさで頭がどうにかなりそうだった。その忍耐もようやく終わりを迎える。
俺はシュルツより早く用事を済ませ、ついでに準備も済ませていた。明日の午前の予定も空けてあるし、今夜はもうめちゃくちゃにされる準備万端である。
さあ、いつ帰ってくるかなぁ。わくわくしながら俺は寝所のシーツに包まり、伴侶の訪れを待つ。気分はさながら遠足前の子供だ。冷めやらぬ興奮に浮かされるまま、彼が来た後のお楽しみがいくつも頭の中に浮かぶ。ああ嬉しいなぁ。楽しみだなぁ……。
まずい。寝るつもりはなかったのに、完全に寝てしまった。
まどろむ意識が、急速に現実の表層へと引き上げられる。覚醒と同時に、俺はばっと身を起こしシュルツの姿を探した。
ぐんと、起き上がろうとするその動きを阻むものに気付く。自身の身には、男の太く逞しい腕が回されていた。横を見ると、目の前には待ち望んでいた愛おしい伴侶。シュルツ・ヴァリエ・ローエンその人の姿があった。伏せられていた長いまつ毛が、徐々に見開き青灰色の美しい瞳が覗く。
「……ユウマ」
「シュ、シュルツさま」
すみません。起きながら待っているつもりがうっかり寝てしまいました。そんな情けない言葉が口から零れるより先、シュルツの腕がこちらの身を再び引き寄せ、抱きしめられる。ああなんて広く逞しい胸板……久しぶりの温もり……うぅ、嬉しい。
「ようやく、お前に触れられる」
頭上から降りてくるシュルツの声は、どこまでも邪気のない、深い安堵の色を帯びたものだった。
……そうだよな、シュルツも寂しく思ってくれてたんだよな。俺の反省を促す為、彼もまた心を鬼にしてこのような事をしたのだと、頭では分かっていた。
「……本当に、すみませんでした」
「もう良い、お前がこうして私の下に帰ってきてくれたのだから」
「シュルツ様……はい、無事にあなたの側へと戻ってまいりました」
「無事か……右半身に広範囲の火傷、腹部に打撲を受けたとダミアンやロミアスから聞いているが?」
おいなんで正直に報告しちゃったんだよ二人とも。これじゃ死ぬほど痛い思いして証拠隠滅……緊急治療した意味ないじゃんか。
「ハハハ……」
「もう痛みはないか」
「あ、はい。今は全く」
「……こたびの件は不問にすると、そう言った以上お前を責めるつもりはない。だが次は無いぞ、ユウマ」
「ちなみに次があった場合は」
「お前の身柄を城の奥内に監禁し、二度と表の場には出さん」
うわぁん、やっぱり怒ってる。顔も声もマジなんだよな……。
「ま、まあ。でもこれで、俺たちがヴァリエの国外に逃げねばならぬ可能性はほぼ潰えました。エクス王子が国王になろうとなかろうと、俺たちの未来は安泰ですね」
そう。エクス王子に『祖の誓約』という首輪を付け、第二王子派の筆頭ランバルと友好関係を築いた時点で、ほぼ俺たちのやる事は終わっている。
あとは選王の儀や建国祭の準備もろもろを進める……のが貴族二家の仲裁やレッサードラゴン退治で若干滞ってるんだよな。まあ流石に間に合わないことは無いだろうが、これ以上揉め事が起こらぬことを祈るほかない。
シュルツは俺の言葉にしばし沈黙したのち、こちらの身を強く抱く。ぐえ。ちょっと、流石に苦しい。
「ありがとう、ユウマ」
それはこの件に関し、初めてシュルツが口にした感謝の言葉であった。
「お前は私のために戦い、約束通りの勝利を捧げてくれた。その勇気と献身には、まこと感謝すれどもしきれない」
「ええ〜……それこそもういいですってぇ。褒めたって何も出ませんよ」
「何を言う。褒美を出さねばならぬのは私の方だ。ユウマから私に、何か望むことはないのか」
望むことか。それを言うなら、今この場においては一つしかないだろう。
「シュルツ様、目を瞑ってください」
「ん? ああ……」
俺の言葉に従い、シュルツがその長い睫毛と白い瞼を伏せる。涼やかな青灰色の瞳が隠れた後も、その容貌は飛び抜けて美しく素晴らしいものだった。
いやあ〜いつ見ても眼福だな。こんなにもカッコ良くて、中身も男前で、その上可愛げすら備えた完璧な男が俺の伴侶だなんて。やっぱ異世界最高だわ。
そんなことを胸中で思いながらも、俺は一日……いや一週間お預けにされたその褒美を受け取るべく、目の前の愛しい男の唇に口付けた。




