92. 君に捧ぐ
「いやあ、シュルツ様のおかげで無事レッサードラゴン討伐においても、万全の準備が整いました。ドミニク殿から借りた封魔の杖。あれは本当に素晴らしいものですね。ドラゴン退治のついでに、お釣りでグリフォンの一頭や二頭も退治してしまえそうです、ハハ」
「……」
「シュルツ様。貴方のお怒りはごもっとものこと。ですが俺はこれより死地に赴くのです。最後にせめてお声の一つでも、どうか貴方の愛しき伴侶にお聞かせ願えないでしょうか」
「……そうだな、お前のいう通りだ」
こちらに向けられていた大きな背がひるがえり、そうして俺の愛する青灰色の、切長く美しい瞳が自身の方へと向けられる。
ヴェイルセル王城の一室。俺とシュルツの寝室にて、俺たちは文字通りの意味で寝所を共にしていた。人一人分どころか、ゆうに二人分は空いている距離越しに、シュルツが押し殺した声色で自身に話しかける。
「状況は、ロミアスやフラミスらから聞いている。くれぐれも無茶は……と言いたい所だが、どうせお前は言っても聞かぬだろう」
お、流石はシュルツ王子。段々俺のこと分かってきて……と茶化すには、あまりにその声色は底冷えし怒りを伴ったものだった。こ、怖い。やっぱまだ怒ってるんだ? 本当、黙ってたのは悪かったってぇ。
「今回、魔力のリソースは十二分にある。油断さえしなければ、勝てる戦いかと」
「分かっている。ゆえに明日は必ずや万全を期し、必ず生きて帰って来てくれ。ユウマ」
表情こそ険しいが、シュルツの青灰色の瞳が、甚く不安に揺れたものであるのが自身にも伝わってきた。そうだよな。強大な魔物との戦いにおいて絶対は存在しない。万が一にも俺が居なくなるかもしれないと、不安に思ってくれてるんだよなシュルツは。心配かけて本当にごめん。
「ええ、勿論。……俺はかの魔王を討伐した勇者と、同じ地より召喚された異邦の者。レッサードラゴンごとき、俺の敵ではありません」
「……」
「ハハ。とはいえ、皆の力を借りねばそれも叶いませんが……シュルツ様」
「ああ」
「異世界の勇者の同胞。カネナリ・ユウマは必ずしや貴方の剣として、我らの幸福が為に勝利を捧げてみせましょう」
それは伴侶への誓いと同時に、己を奮い立たせるためのものでもあった。
……剣として、というよりは杖って言う方が正しかったかな。いやでも何か締まらないんだよなぁ、杖だと。剣の方が騎士っぽくてカッコ良くない?
俺の大言壮語に、シュルツはその青灰色の目を大きく見開いた後、一週間ぶりに俺の前で、その口元から笑みを零した。
「……ふふ、そうだな。私もまたお前を信じよう。我が伴侶カネナリ・ユウマよ」
「お任せください。……ところでシュルツ様、俺の家名はカネナリというんですが」
「ん? ああ」
「シュルツ様と正式に婚姻を結んだ場合、俺の名前はどういった風になるんでしょう」
「そうだな。王の伴侶は、家名の代わりに国名を名乗るのが通例だ。もし私が王にならぬ場合は、ローエンの姓を用いることになる」
つまりシュルツが王になる場合はユウマ・ヴァリエ。そうでない場合はユウマ・ローエンになる感じか。えーどっちが良いかな。シュルツ様はどう思いま……あ、くそ。
「……シュルツさま?」
「ユウマ。明日に備えてお前はきちんと休息を取るべきだ」
彼に話しかけながらじりじりと距離をつめ、残りわずかという所で肩を掴まれ、引き離された。
「これで最後になるやもしれぬというのに、俺を抱いて下さらないのですか?」
「必ずや生きて帰り、私に勝利を捧ぐと誓ったばかりだろう」
ダメだ、これは流石に言い返せない。名残惜しげにシュルツの服の裾を引くも、彼は深く重い息を吐いた後。再び自身に背を向けてしまう。
「今お前を抱いたら、歯止めが効かなくなる。聞き分けてくれ、ユウマ」
その伴侶の言葉に、仕方なく俺も引き下がることにした。
……久しぶりにシュルツとしたかったなぁ。でもやっぱ討伐終わるまではお預けか。いやぁ本当、絶対に生きて帰ろう。うん。




