【番外編】ラケシスの想い人(その2)
ラケシスの言葉に、俺は一度大きく息を吸って吐く。
「なるほど、そうでしたか」
「……」
「……えー、その」
聞きたいことは山程あったが、同時に「聞いた所でどうにもなるまい」と思う自身もいた。ここまで事が進んでいる以上、もはや己に拒否権などないだろう。
「……我らは数多の戦場で出会い、共に戦う仲でしたな」
「ええ」
「ラケシス様と直接言葉を交わしたことはありませんが。前線にて勇ましく魔物と戦う、頼もしくも麗しいその御姿は、まさしく俺たち若人の憧れの的でした」
決して嘘は言っていない。見目麗しいグロース家の末弟。艶やかな白金の髪をたなびかせ、風の魔法で魔物を切り刻む彼の勇姿は。多くの人々の目を惹きつけ、同時に恐れられもした。
「ハハハ、俺がラケシス様を奥方に迎えるとあらば、あやつらもさぞや驚き羨ましがることでしょう。ハハハ……」
「……」
「ハハ……なぜ大した取り柄も身分もない、俺のような男を伴侶に選ぼうと思ったか。理由をお聞きしても?」
「……聞いても、笑いはしますまいな?」
えっ、笑えるような理由なのか?
まあ確かにこの状況自体が可笑しなものではあるが……俺は神妙な顔を装い、ラケシスの言葉に頷く。
「私は……元々結婚というものに関心が薄く、職務を理由にこの歳まで独り身を貫いていました。周りにもスーデンのゲラン様や、甥のロミアスやら、私と似た立場の人間もおりましたゆえ、それで構わないと思っていたのです」
「……はい」
「しかし……甥のロミアスがフェリペ殿下と婚約したと聞き、私は正直焦りを覚えました。彼が戦地にて、度々殿下の火遊びに付き合わされていたことは、私も存じています……身を固めてしまえば、こうした色遊びに興ずることも叶わぬと、未婚であり続ける殿方も戦場には多い。ゆえに私は安心してしまっていたのです」
事情が生々しいなぁ……いや理屈は分からなくもないが。おそらくラケシスは、大貴族の末子で周りに親戚も多数いる状況。身を固める必然性が薄かったゆえ、ここまで来てしまったのだろう。
「……私は、年若く見目の慎ましい、壮健かつ長身の殿方を好んでおります」
「お、おお? ……ハイ」
「リオレス殿は私と話をしたことがないと仰っていましたが、六年前に一度、私と貴殿は顔を合わせて、言葉を交わしたことがあるのですよ」
え、マジか記憶にない……ひょっとして。
「……俺の初討伐、ヴァリエ王国西部でのヒポグリフ退治の折ですか」
「初めて戦場に出る若人が居ると聞き、激励の言葉をと」
「ああー……それはとんだ失礼を致しました。お恥ずかしながら、あの時は緊張で頭が真っ白になっておりまして……」
「ふふ、そうでしょうとも。うら若い体を固くこわばらせ、私が言葉をかけても心あらずといった、あの時の貴方の顔……とても初々しく愛らしかった」
そのラケシスの言葉に込められているだろう情念に、背筋が震える感覚を覚える。ああ、アリエス陛下に目をつけ……いや目をかけられた弟の心境が、今なら少し理解できる気がした。
「先ほど、貴方が今後ゼルフィ王宮に召し抱えられるやもという話をしましたが」
「あの、そちらについては本当にご遠慮願いたい所ではあるのですが」
「私と婚姻を結べば、その話も立ち消えとなることでしょう」
「……なるほど」
「本当は……幾度かリオレス殿への想いを諦めようと思っておりました。私自身は貴方を好ましく思っていても、果たしてリオレス殿がどう思うか……それを知るのが怖かったのです。なにせ貴方とは8つも歳が離れていて、私も年増ですから。ですが、条件の似た殿方と幾人か会ってみて、それでもリオレス殿への想いを忘れることは出来なかった」
ここに来て、ようやっと話のつながりが見えてきた。つまりは。
「……ラケシス様は結婚の意思があり、その相手に、以前より好ましく思っていた俺を選ぼうと思った」
「ええ」
「だが俺はラケシス様と殆ど面識もなく、下手に結婚を申し入れてもフラれる可能性がある。そうなるぐらいなら、いっそ想いを諦めてしまおうと他の殿方に会ってみた。だがそれも上手くはいかず」
「……」
「その間にも、もたもたしていては俺がアリエス陛下の愛人として召し上げられる恐れもある。だからラケシス様はシュルツ王子にかけ合い、今回のグーリン家とランバル家の騒動に乗じて、俺が逃げられない形で婚姻を結ぼうとした。これで合っていますか」
「……おおむね、リオレス殿のおっしゃる通りです」
なるほどなぁー……もはや笑うしかない状況ではある。でも笑うなって言われてるんだよな。ラケシス様からすれば真剣なんだよな。
「……ラケシス様」
「ええ、分かっています。貴方も色々私に言いたい事がおありでしょう」
「正直あるにはあったんですが、もういいです」
「……?」
「ラケシス様。俺はね。昔っから、淑やかな年上の美人に目がないんですよ」
「え」
「貴方様のような気高く美しい御仁に、そこまで懸想されるとは。俺はどうやら弟以上に幸運で、恵まれた定めのもとに生まれたらしい」
椅子から立ち上がった後、俺はラケシスの足元に跪き、その白い手を取る。彼は俺の手を拒む事はせず、呆気に取られたような顔でこちらを見下ろしていた。いやあ、やはり見れば見るほど俺好みの美人だ。
「ラケシス様との婚姻は、俺としても願ってもいないこと……どうかこの不肖リオレスを、貴方の伴侶として側においてくださりませ」
正直今でもこの年長の御仁、ラケシスのことは内心まだおっかなく思っている部分もある。
それでも男、いや自身という人間は実に単純なもので。元々好ましく思う相手が、いざ自身のことを甚く好いてくれていると分かれば、すっかりその気になってしまうのが悲しい性であった。
いやあ、どうせもう逃げられないんだからさ。それならいっそ楽しんじゃった方が人生得だし? ハハハ……。




