【番外編】ラケシスの想い人(その1)
「えっ! パウルの奴がですか……!?」
ヴァリエ王国ランバル領。バルト山脈に構えた拠点の一角にて、俺は久方ぶりの来客がもたらした情報に、思わず声を上げた。
「はい、リオレス殿。彼はランバル家からハデーニ家へと養子に出され、政局が落ち着いた後、貴方の生家ルーミエの養子となるそうです」
目の前の男の言葉が中々理解できず、俺はしばし思考を遠い宙の彼方へと飛ばした後、おずおずと口を開く。
「……その内情をなぜ貴方がご存知なのです? ラケシス様。いえ、そもそもなぜこのランバルの地に」
「それはこの件が、私にも深く関係してくることだからです」
「ゼルフィ王国の大家グロースの家の者である、貴方がですか?」
「おや。ランバルはともかくルーミエに関しては、貴殿の弟御であるリオナ殿を通してゼルフィ王国と縁もあることでしょう」
ラケシスの言葉に、自身の弟が現在ゼルフィ王国の側仕えに出されている話を思い出す。いや、それにしても話が繋がらないな……? ひとまず目の前の美男から情報を引き出すべく、口を開く。
「……俺はここに来てからというもの、世情というものにはとんと疎くなりまして。我が弟リオナは息災ですか?」
「ええ。彼はちょうど今が成長期のようでして……陛下好みの背の丈に近付いたものですから、近頃の陛下は寝室にまで彼を伴うご寵愛ぶりのようで」
「ブッ、ふ、ワハハ! ……ああ、失敬。っ、はは、アイツそんなことになってんのか……いやぁ、なるほど。ゼルフィ王国のアリエス陛下といえば、当代一の麗人として大陸に名を馳せるお方。その寵愛を賜るとは、我が弟もまったくの幸せ者ですなぁ。っヒヒ」
「リオナ殿は、兄君である貴方にだんだんと似てきておられますゆえ。リオレス殿もアリエス陛下の目に留まれば、兄弟揃ってご寵愛を受けることになるやも」
「おお。それはいやはや、何とも畏れ多い……俺ごときには身に余る幸せにございますゆえ、ここは弟めに譲らせて頂きます。ハハ、しかしまぁ。弟は転性の儀を受ける側の性ですから、運よく種があれば良いですが、そうでなければ次の……」
ここまで言って、ふと恐ろしい一つの可能性に思い当たる。
「……ハハハ。まさか。次が俺の番などということは、決してありますまいが」
「ゼルフィの王宮ではまさにその話が出つつある所です。最もリオレス殿は、重傷を負いランバルの屋敷で療養している……と、公には伝えられている為。その容態が回復し次第という前提でしたが」
弟のことを笑っている場合ではなかった。
待ってくれ……こっちはパウルが俺の義兄弟になるという事実だけで、割と頭がパンクしそうだというのに。これ以上理解しきれない現実を押し付けてくるのはやめて欲しい。まずは情報を整理させてくれ。
「……話が変わりますが。ラケシス様は、パウルがルーミエ家の養子となる件について、何かしら関わりがあると仰っていましたね。あれは一体どういうことでしょう」
「その話をするには、まず順序を追って説明する必要がありますね。そもそもパウル殿の件は、ある騒動をきっかけにランバル家が四男の彼を王城に差し出す必要に迫られたというもの」
「ああ、騒動の件はランバルの使者から聞いています。白月の舞踏会でやらかしたんでしょう?」
「左様。いくら責がランバル家にあるといえ、国防に関わることとなれば話は別。王城は、火属性の魔力持ちがランバルの地から抜ける分の補償を、人材もしくは物資や金銭で賄うのが筋となるのですが」
「はい」
「その補償を、ゼルフィ王国のグロース家が肩代わりします」
「ハァ……? それはまたどういった風の吹き回しで」
「つまりは私がこのランバルの家に、人員として派遣される訳です。いえ、正確には姻族になるという方が正しいでしょうか」
ダメだ、本当に話が見えてこない。パウルが王城の一員となるため俺の家ルーミエ家に移り、その穴を埋めるべくラケシスがランバル家に嫁ぐ。どう考えてもそこが繋がる道理はないだろう。
「……これはまだ、ドミニク様の口から伝えられてないこととは思いますが」
「ま、まだ何かあるんですか?」
「パウル殿がルーミエ家に養子に出されるのと同時、リオレス殿はルーミエ家を出て、ランバル家の養子となることが予定されています」
「…………何故?」
「勘の良いリオレス殿なら、いよいよ察しがついてきた頃合いでしょう」
いや察しが付いた上で何故って聞いてるんですこっちは。
「つまり、ランバル家の養子となった俺がラケシス様と結婚すると」
「左様」
「あの、一旦俺のことは置いておいて。ラケシス様は、それでよろしいので?」
こちらの言葉にラケシスは緑の瞳を伏せ、そうして一拍置いたのち、覚悟を決めたよう正面から俺の顔を見据え唇を開いた。
「……ええ。何せこたびの婚姻は私が望み、シュルツ第一王子に嘆願したものですから」




