90. 雨降って地固まる
「俺はこたびの騒動の責任を負い、恩赦を辞退いたします。シュルツ殿下、ハラルド殿」
えっ? パウルさん?
ちょ、ちょっと待って、予想外の展開。俺たちとしてはドミニクが渋ることを予想し、色々交渉材料とか用意して来たんですけど。あの。
「元はといえば俺が、ジュリオス殿の素性をあらためることなく軽率に声をかけてしまったのが全ての原因。父上。ダグラス殿……そしてジュリオス殿。こたびの件、深くお詫び申し上げる」
パウルは深々と頭を下げた後、言葉を紡ぐ。
「シュルツ第一王子。誠に勝手なお願いではございますが、どうか俺の恩赦をジュリオス殿に譲っては頂けないでしょうか。彼が望まず父の元から引き離され悲しむ姿を横に、のうのうと貴族の身分に甘んじることなど到底出来ませぬ。ジュリオス殿は、引き続きグーリン家の子息として親元に留めてやってください」
「……我が息子パウルよ。お前は貴族の身分から降りた後、一体どのように己が身を立てようというのだ?」
「父上。その場合は平民として市井に降り、慎ましく余生を過ごしたいと思います」
「えっ、待ってパウル様。それじゃあ俺との結婚の約束は……」
「ジュリオス殿……どうか貴方は俺のように愚かな男でなく、より良い殿方を迎えて幸せになって下さい」
あの、待って。勝手に悲恋の方向で話進めないでちょっと。
「…………こんの、たわけがァ!!」
会議が踊り出そうとする最中、ドミニクの一喝で場の全員が静まり返った。
「パウル! お前は私と同じ、神より崇高な火の属性を賜りし魔力持ち! 己が身分を捨てた後、どこぞの王族の愛人にでもなり自らの高貴な種を残す気概があるのなら、みすみす他所にくれてやるよりは我が家で召し抱えることも良しと思ったが……言うに事欠いて市井に下りて平民としての余生を過ごすだとぉ? この大馬鹿者が! 物の道理も分からぬほどに愚かであるなら、初めからこの父に任せて黙っておれ!」
おーうおう……本当にブレねえなこの爺さん。
「そもお前が余計なことを言わねば、全てが丸く収まる状況であったろう! 私が黙っていたのは、不可侵の条約を破棄するにあたり、より有利な条件を王城より引き出す為。なにせグーリンの魔物憑きの甘ったれ坊主と違い、高貴な属性持ちかつ魔物との戦いにおいて即戦力となるお前を失うのは、我が領地としても大きな痛手だからな! ヴァリエの国防を維持する為にも、王城は相当の補償をする必要がある。お前は城の恩赦により他家の貴族になった後、その坊主との婚姻なりなんなり好きにすれば良かろう。ただそれだけの話を、その歳になってまだ理解できぬのか!?」
「…………ドミニク殿。懇切丁寧な説明、誠に痛み入る。その功に免じて、我らが主君たるヴァリエ王室を侮りきった言動の数々、全て不問にいたそうではないか」
ハラルドの顔がめちゃくちゃ引き攣ってる……。
いやでも彼のおかげで、迷走しかけた場をようやく本題に戻す事が出来た。ありがとうドミニク。封魔の杖も気前よく貸し出してくれるみたいだし、ちゃんと補償の方は貴殿の納得いく様にさせて頂きますよ。ええ。
その後、この一件はおおむね俺たちの想定通りに進み、無事話し合いを終える事が出来た。
グーリン家とランバル家の不可侵条約は、この一件を機に正式に破棄される運びとなった。
ジュリオスは、今後王城にて内政や儀式を取り仕切る文官として育成することとなる。引き受け先はフルーメ家。この国の由緒ある名門貴族である。
一方パウルは、第二王子派の新興貴族ハデーニ家の養子となり、王城の武官としてランバル領に派遣されることとなる。最もこれは暫定処置だ。本命は……。
「なるほどルーミエか。かの家の三男が、アリエス陛下の御寵愛を受けているというのは私も耳にしておる。その上……ハッハハ! 中々に面白い話が続くじゃないか。是非我がランバルの家も、一枚噛ませて頂きたいところだな」
ルーミエ家はリオナの生家である。彼とアリエスの話もあるが、シュルツが密かに抱えていた案件をドミニクに流した所、彼はルーミエの家の今後に大層関心を持ち、パウルが最終的にその家の養子となることを喜んで受け入れた。そうしてその交換条件として……いや、この話はあえて口にはすまい。
とにかく、白月の舞踏会にて繰り広げられたグーリン家とランバル家の諍い。この国の雄たる軍門の家同士の争いは、雨降り地も固まるといった具合に、おおむね円満な終着を見せたのだった。




