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86. 舞踏会の幕引き



 白月の下に数多の貴族が集い、踊りと歓談に勤しむ社交の場。その盛大な祭りもいよいよフィナーレを迎え、音楽は荘厳なワルツから一転、狂騒にも似た雑多な音色を奏で始める。人々は入り乱れながらに大広間の上で互いの身を寄せ合い、靴音を鳴らし踊り跳ねる。


 俺は周りにぶつからぬことだけ気を付け、単調なステップを踏みながら身を寄せたエクスの側で言葉を紡ぐ。


「エクス様は、俺やシュルツ様を排したいのでしょう」

「そうだ」

「困ります。いつまでも貴方がその調子では、こちらも迷惑というもの。なのでエクス様、ここで一つ賭けをしませんか」


 俺は一つ深呼吸をしたのち、用意していた言葉を紡ぐ。


「アルザス樹海に出現した『知能持ち』のレッサードラゴンを、俺の魔法のみで攻撃し討伐します。それが叶った場合、二度と俺とシュルツ様を害しないという『祖の誓約』を俺たちとの間に交わして頂きたい」


 俺の言葉に、エクスは一拍おいて乾いた笑みを零し、その口端を歪める。


「随分と舐められたものだ。その取り引きにおいて、私に何の利が発生する」

「討伐に失敗すれば俺は命を落とすことでしょう。貴方の本意では?」

「……」

「またこの賭けに敗れた場合、シュルツ王子はヴァリエの王位継承を正式に放棄するとのこと。これは王子とも合意済みです」

「分からんな。そんなまどろこしいことをするより正々堂々玉座を競い、私を蹴落とした後に国外にでも何でも追放すればよかろう」


 エクスの言葉は、的を得たものだ。故に俺も正直に、自らの本音を吐露する。


「シュルツ王子にとって、兄弟である貴方と玉座をめぐって争うのは決して本意ではないのです。貴方が俺たちを害しないと誓うなら、ヴァリエの王位を譲り渡しても良いと思ってる」

「信用ならん」

 

「……はあ? そうじゃなきゃこんなまどろっこしい提案する訳ないだろ。良いから、やるのかやらないのか今決めろ。受けないなら、シュルツ様は本腰を入れてヴァリエの王位を狙う。俺はどっちでも構わないから、勝負を前に尻尾巻いて逃げたいならどうぞ遠慮なく」


 俺の挑発に、エクスは鼻白んだ顔でこちらを見る。あれ? 駄目かぁ。プライド高そうだから乗ってくれると思ったのに。まあ、こんな機会滅多にないし最後にもう一煽りしてくか。


「いいのかお姫様? ここで俺を殺せなきゃ、大好きなお兄ちゃんを見ず知らずの33歳のおじさんに取られるぞ? 『兄上と結婚する』はずなんじゃ……」


 突如、自らの足の甲めがけて下されるエクスの踵を、寸でのところで回避する。うおっ、あぶな。


「そんなに死に急ぎたいのなら上等だ。受けて立つ」


 あ……、今度はあっさり乗ってきたな。


「レッサードラゴンをお前の魔法のみで討伐するんだな?」

「ああ。必ず俺の魔法だけで対象を攻撃し、討伐する。この文言を違える気はない」

「馬鹿な奴め。せいぜい竜の息吹に焼かれ、あの世で己の愚かさを悔い続けるが良い。苦しみ抜いて死ね」


 めっちゃキレてる。やっぱ地雷なんだ黒歴史弄られるの。


 音楽の終わりと同時に、エクスがどんと俺の体を突き飛ばす。うわっ、こ、こいつ。


「大丈夫か、ユウマ殿」


 よろめく俺の体を、逞しい男の肉体が受け止めた。ん……? この声は。


「ゲラン様! あ、ありがとうございます……」

「何、構わんよ。それにしても、エクス殿はずいぶんと乱暴なことをする。どこか怪我はないか」


 いやまあ挑発した俺が悪い部分もあるし……それよりあの、早く離して貰えませんかね。その妙に優しい声色と手つきで両肩撫でられるの、そこはかとなくいやらしい感じがするんだよな。絶対気のせいじゃないし。


 ふと遠くにこちらへと向かってくるシュルツの姿を視認し、俺は慌ててゲランの体を押して離れる。


「ユウマ!」

「シュルツ様、エクス王子と無事お話できました」

「それは良かった……して、なぜゲラン殿がそちらに?」

「何。曲の終わり、ユウマ殿がふらついていたもので支えたまでよ」

「…………そうか。我が伴侶を助けて頂き感謝する、ゲラン殿」


 シュルツが敢えて、言葉を飲み込んだのが分かった。

 いやほら、事実だからさ。ゲランが居なかったらおれ無様にすっ転んでたと思うし、うん。


 その後シュルツは俺を伴って席に戻り、皆の前で祭の終わりを宣言する。

 荘厳な白月の明かりに照らされる大広間の中、神と祖を讃える人々の唱和が響き、これにて長き夜にわたる白月の舞踏会は幕を閉じた。



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