85. シャルウィダンス
「エクス王子」
俺の声かけに、黄金の髪をもつ青年が、ゆっくりとこちらを振り返る。
「……久しいな、異邦人殿。騒ぎの後始末はもう良いのか」
「ハハハ……それはまあ後ほど。それより今回の件は、王子の母上の生家にもまつわること。エクス様の方からも、何か叔父上におっしゃって頂けるとありがたいのですが」
「フン、白々しい。お前は私が見ていぬうちに随分と、我が親族にちょっかいをかけてきたそうじゃないか。ドミニクが口喧しく私に言ってきたよ。『いつまでも幼子のような選り好みをせず、我が家と国に益をもたらす異邦人殿をもっと丁重に扱え』と」
それ本人を前にしてストレートに伝えていいやつじゃないよね? いやまぁ良いんだけどさ。一呼吸おいて、俺はエクスに用件を告げるべく口を開く。
「それでは殿下。ドミニク殿の言葉に従い、我らの友好を深めるべく共に一曲踊るのはいかがでしょう」
「断る」
「つれないことを仰る。しかしこの場では……誰が側で聞き耳を立てているやも分かりません。エクス様にとっても、俺が今ここである事ない事を口にするよりは、よほどそちらにも利があると思いますが」
その言葉に、エクスの麗しい眉の端が微かに動く。
「……いつだ」
「最後の宴曲の終盤。喧騒にかき消され、俺たちの声が周りに聞こえることはないはず」
「言いたいことはそれだけか?」
「ええ。それではエクス王子。白月の夜の下でまたお会いしましょう」
俺はそう言い捨てるよう言葉を吐き、エクスの元から離れる。
……うおお。普通に緊張した。というか本番の方が緊張するやつだこれ。あんな捨て台詞みたいなこと言っちゃったけど、俺踊りに自信ないんだよなぁ。でもやっぱり俺はあの第二王子、エクスにはどうしても舐められたくない。その気持ちの方が勝った。
シュルツの方に戻ると、彼はこちらの両肩に手を置きながら、気遣わしげに俺へと問いかけた。
「大丈夫だったか、ユウマ」
「ええ、ガツンと言ってやりましたよ」
「ガツンと……? そうか」
シュルツはやや不思議そうな声を上げながらも、こちらにはにかむような笑みを見せる。ううん可愛い。待ってろよ愛しの伴侶殿。シュルツとの輝かしい未来のためにもうひと頑張りするからな、俺。
エクスに話す内容は、おおむね彼と意識は合わせている。だが、その中で一つだけシュルツに隠している条件があった。だってバレたら絶対に許可して貰えないし……それでもこの条件なら、相手方が乗ってくるだろう自信もあった。
その後は席に戻って踊りの観覧を行う。ちなみにラケシスは、あの後フルーメの四男と数曲踊ったそうだが、「何かが違う」と言って結局彼ともマッチングすることは無かった。やっぱ難しいんだな婚活って。
だがラケシスもこれで諦めた訳ではないようで、何かをシュルツに耳打ちした後、一人覚悟を固めたかのような表情をその顔に浮かべていた。何なんだろうな。心なしシュルツの顔がげんなりしていたが……。
そんなこんなで、舞踏会もいよいよ最後の演目を迎える事となった。ここではパートナーのいる貴族のみが中央に集い、初めは壮麗な音楽に合わせ三拍子のステップを踏んで踊る。
最初に踊った時よりは人数も遥かに多く、俺もなんとか最初よりはマシな踊りで曲の前半を終えることが出来た。心なしシュルツが残念そうな顔をしていたのが、こちらとしては若干複雑な心境でもある。良くない? 上手に踊れてる方がさ。ねぇ……?
そうしていよいよ最終演目の終盤。今度は既婚も未婚も問わず、数多の貴族が踊りに加わり、己が以外のパートナーを選んで自由に踊る。
名残惜しくも俺はシュルツと手を離し、真っ先に目につく黄金の髪色のほうへと歩み出す。ちらりと後ろを振り返ると、シュルツはどうやらアリエスにその腕を捉えられ、捕まっているようだった。うお……ちょっと嫌な組み合わせ。いやでも俺はさ、信じているからな。シュルツ。
そう思っていた刹那、不意にぐいと己の腕を引かれる感覚。とっさに振り返ると、そこには黄金の髪に雪のような純白の肌。青く輝く宝石の瞳をした美男子。エクス第二王子の姿があった。
「約束通り、来てやったぞ。異邦人殿」
「……ええ。それでは共に踊りましょう、エクス王子」
無意識に、笑顔がこわばりそうになるのを辛うじて堪える。
透き通る水晶の天井から差し込む白月の明かり。月下の大広間にて、周りの喧騒に包まれる中。俺とエクスだけの時間がこの時より始まった。




