2015-77NOVEL005
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刃沼は雑居ビルの一室にいた。そこでオーナーと呼ばれている男と話をしていた。
「今回の仕事内容は大体把握したよ」
「よし。で、これが必要な書類など、一式だ」
「ありがとう。ふ~ん、私は今回『ヌル』って云うのか」
「そうだ。地方の中流階級のご子息、という設定だ」
「設定ね……」
「上手い具合に演じてくれ」
「で、そのヌルちゃんが、モンスター討伐に挑んでいく、と。どういう流れで そんなことに?
」
「さぁね」
「さぁね、って。そんな不自然じゃ、偽装がバレちゃうよ」
「いや、大丈夫だろ。今は割と、どっからでもモンスターハントに手を出す輩が、滅多やたらにいる
」
「へぇ、モンスターハントって云ったりもするの?」
「モンスター討伐、モンスターハント、怪物討伐、化け物殺し、云い方は色々だな」
「云い方によって、穏やかな印象がするのがいいね」
「だがやってることは殺害だ」
「まぁ、そりゃそうだ」
「そして、……まぁ、どこにでも起こることだが、ここもまた不正がチラホラ現れ始めてるらしくてな」
「その証拠を握ってこい、と、早い話そういう訳?」
「そうだ。その詳細は、さっき渡した書類で確認してくれ」
「分かった」
今回、刃沼は『ヌル』という偽名を用いて、モンスター討伐に関わる仕事に手を出す。そうしつつ、適宜、不正に関わる情報等を盗み出す、そんな所だった。その不正が何なのかすら、まだ良く分からないけれど、
(何とかなるさ)
何とかなるさ、という感覚が大事だと、刃沼は心得ている。
*
地方の田舎町から、バスで揺られていた、現在 ヌルという名の刃沼。このバスには、多分同じ仕事を目指している者たちが乗っていた。
「アンタも賞金を稼ぎに、この仕事を?」
唐突に隣の席から尋ねられた。
「賞金稼ぎ? モンスターを倒して?」、刃沼が尋ね返す。
「いや、それくらい知ってるだろ」
「……私は人から勧められて、現在に至る。良く分からないんだ。色々教えてくれると幸い。
」
「オイ! こいつ、何も分からないで、ここにいるんだと!」
(尋ねる相手を間違えたかもしれない、な)
刃沼の周りに人がワラワラと集まる。
「モンスターって知ってる?」、誰かが尋ねる。
「当たり前だろ」、誰かが答えた。
「いいや、そこから説明してくれると、ありがたい」、刃沼が云った。
「じゃあ、オレが説明する」、「いや、私が説明する!」
やけに元気の良い人々だった。
「コホン、モンスターというのは……、人を襲う猛獣」
「猛獣? いや、違うだろ?」
「モンスターっていうのは、モン星、惑星の一種だ」
「何を冗談抜かしてるんだ」
ワイワイ、話していらっしゃる。まともに会話は出来ないと、刃沼は諦めて、単純な質問だけをした。
「モンスターを倒せば、どこから賞金が手に入る?」
「どこって、そりゃ……上から」
「いやいや、それは――」
話は横道に逸れに逸れた。
(もういいや)
刃沼は話すことを止めて、車窓の風景を眺めることに徹した。
(そのときになれば、分かる)
*
バスが到着した先は、森の中にある木造ビルだった。ビルとは云えないほどに、小柄な建物かもしれないが、木造ビルディングだ。そう説明された。木造、というのが刃沼にも少し気に入った。
中に入ると、解放感のある空間が広がっていた。所々、ガラスの壁が使われていて、それがなおさら、閉塞感の無さを表わしているようだった。ぞろぞろと入った人だかりは、湾曲したテーブルに並ぶイスに腰掛けたり、忙しなく挨拶へ向かったりしていた。
「XXコーポの大島です! よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
「UUの水幸です、お見知りおき お願いします!」
「あぁ、新人さんね。よろしく」
(どうやら、どこかの組織に所属している人が結構いるらしい。派遣みたいなもの?
で、挨拶されるばかりの人は、同業の先輩さん方、というところかな。
)
横から小柄な者が、刃沼にぶつかってくる。
「すみません!! すいません!」
しきりに頭を下げてきた。
「ああ、平気」
「申し訳有りませんでした……。あっ、僕は、DIGのピクルスと申します。今後とも、よろしくお願いします。
」
ぺこり、と頭を深々下げた。
(DIG? いや分からないが、名前だろうね、社名とかの)
「私はヌル。よろしく。それしても全員に挨拶回りか。大変だねぇ」
「あ、いえいえ……。お気遣い感謝です」
ピクルスと名乗った その人は、また別の人へ駆けてゆき、また頭を下げていた。
(そういえば。皆、社名らしき組織名を名乗っていた。と、すると自分の方にも、そういう設定が用意されているのかな?
)
刃沼は荷物を漁ると、手帳が出てきた。開くと、身分証らしき表示があり、『解毒社』の所属だと書かれていた。
(へぇ~。解毒社のヌルです、と自己紹介すればいいのかな。面倒臭い)
*
建物の中には、立派で清潔なカフェも隣接していたので、そこへ行き、一杯のエスプレッソを注文した。
のんびりくつろいでいると、いつしか近くの席に、先ほど見かけたピクルスとか云う人が座っていた。肩が強張り、見るからに緊張し、コップを持つ手も震えていた。
「ピクルス、だっけ?」
ガチャン、という音を立てて、ピクルスはコップを皿に置いた。とても驚いた表情でこちらを見ていた。
(神経過敏すぎやしないかな……)
「えっと、えっと、えっと…… ええと……!」
なぜか、言葉が出ずに、とても焦っているように見える。
「すいません、……えっと、その……」
「いや、用というほどの用はないけどね。これから皆、どうするのかと思って」
「え……っと、もしかして、新人さん、でしたか……?」
「新人? まあ何も知らないんだから、そうなるだろうね」
「そうでしたか……」
ピクルスは落ち着いたらしい。
「すいません、実は、貴方の名前を忘れてしまいまして。すいません、また教えて頂けないでしょうか
」
「えっと。そうだ、ヌルという名前だった」
「……? ヌルさん、ですね」
「そう、ヌルだ。ヌルに違いない」
「えっとですね」
そう云って、しばしピクルスは説明を考えた。
「まずチームを作る必要があります」
「ほうほう」
「そして、武器を借りて、このあたりのモンスターを倒してゆくようです」
「RPGゲームか何かみたいだ。チームと云わず、パーティと云えば それっぽかったのに」
「しかし、チームを組むには、それなりの力がある人と組たくて……。でも、そういう方たちは僕のような新人を相手にして下さりません。
他の新人さん方も、コネがあるならまだしも、そうでない方たちは、力のない方々の集まりで。
」
「何か問題が?」
「それだと余り儲けられないんです。そして、ある一定以上ダメダメだと、今度から呼ばれなくなります。それが怖いです。
」
「へ~? 別に呼ばれなくてもいいんじゃないかな」
「僕にとっては死活問題なんです。仕事がなくなります」
「ふーん。で、今アンタは、どういう人たちとチームを組んでいる?」
「…………」
ピクルスは無言だった。
「ん? もしかして、それは他言してはいけないことだったのかな」
「……誰もいません。まだ僕一人です」
「なるほど」
刃沼は、カフェの店員に注文した。
「おかわり。今度はコーラね。――飲む?」、ピクルスにも聞く。
「いいえ、もう結構です」
「じゃあ、コーラ一杯、お願い」
「はい。かしこまりました」
刃沼はピクルスの方へ向いた。
「――で、チームってのは一人でもいいのかい?」
「いや分かりませんが……。チームというからには普通二人以上だと……」
「ふーん」
「それに、一人じゃ仕事になりませんよ」
「そうかな」
「そうですよ」
「じゃ、ピクルス、私とチーム組んで頂戴」
「ええ?!」
「私も相手がいない。チームが要るなんて聞いてなかった」
「ええ……まぁ、僕は、人数が多ければ多いほど歓迎しますので、良いですが」
「良く知らない相手なのに、チームに入れるのかい」
「そう云われると……、問題がありそうですが。ですが、そもそもチームが作れないのでは、話になりません
」
「そっか」
「しかし、どちらにいろ弱小チームで、……。僕たちは今回限りのお呼ばれでしょうね」
「なんでだ」
「毎度のパターンなので、僕には分かるんですよ。いつも先輩方で、9割は持っていかれます。
」
「何が?」
「すいません。報酬の9割です。報酬は出来高と、それに大御所ほど、さらに掛け率が高いようです
」
「よく分からない。この分野にも大御所なんてあるの?」
「ええ、いますとも。例えば、刃沼さんとか、他に――」
「――え!? なんて?」
「どうかしましたか」
「いや……。その刃沼って人は、初耳でね。詳しく聞きたいもんだね」
「少し前に現れ、急速にのし上がっていった凄腕のハンターです。ただ最近では、どうも経歴が嘘だということが疑われいるという、悪い方で有名になってきています。
」
「ああ、なるほど。(なんでその名を使うんだ)」
「僕も調べてみたんですが、どうやら『刃沼』というのは、伝説化している人のようですね
」
「知らなかったな……」
「色々と伝説が作られているようです。恐らく、ほとんどが創作でしょう。
赤ん坊のときからゲリラだったとか。
たった一人で一晩で、軍事施設を壊滅させた、とか。
変装の名人。実はまだ小学生で普通に学校に通っている、というネタもありますね。
」
刃沼は少し、頭のクラクラする感じがした。
「あぁ……、あァ、ファウスト伝説のようなものだろうね。ゲーテさんも参考にした」
「そちらは知りませんでした」
「いつの時代でも、何ごとも解決してくれるスーパーマンのような超人を切望したりするもんだよ
」
「そうでしょうね。現実は……みんな人並みの力で、せっせせっせと頑張るという、地味なものですからね
」
話も一段落してきた頃、刃沼は聞いた。
「それで、肝心の狩りは、いつ始まるの?」
「いえ、いつということもなく。用意が出来た人たちから、すぐにでも――」
「何だよ。てっきり向こうの準備が終わるまで待たされてるんだと思ってた。
じゃあ、すぐ出るよ、ピクルス!
」
「いや、ヌルさん! まだ二人なのに、出て行くと云うのは無謀ですよ。返り討ちですよ。
」
「二人いれば十分。行くよ」




