96 兄妹、そしてもう1人
「日が落ちる前に、戻りましょう」
トゥロンと2人馬に乗る。
「大丈夫ですか、女神よ?」
「うん、ちょっとびっくりしただけだよ。ごめんね、心配かけて」
トゥロンが困った顔をする。
何だろう、グランラでのお祭の後の、あの月の晩からだろうか?トゥロンはよくこの表情をする。
「謝らないでください。私の罪深さに比べれば……」
罪?
「トゥロンの実家はあと街からどれくらいの距離にあるの?」
何にしろ、人の秘密を暴くようなことは避けた方が良い。触らぬ神に祟りなしだよ。好奇心は身を滅ぼすとも言うね。
さらっと話題を変える。
「街から、1日ほどの距離ですよ」
「そうなんだ、もうすぐ家族に会えるね」
家族に会えることは、喜ばしいことだよね。でも、トゥロンの顔は浮かない。
沈黙が流れる。
「街に着いたらお別れかな?それとも、明日の朝食は一緒に食べる?夕食は一緒に食べようよ!故郷に『最後の晩餐』っていう有名な絵があってね、」
沈黙が耐えられなくて、立て続けに言葉を発する。
「女神よ……」
トゥロンが、馬上で後ろから手綱を持ったままそっと抱きしめた。
「最後にはできない……」
え?どういうこと?
混乱していると、トゥロンの手にいつの間にか力が加えられた。
首が、苦しい……そこ、頚動脈?
遠のく意識で、トゥロンの謝罪が聞こえた。
「すみません……兄が、あなたに会いたいと……」
え?
兄?
妹じゃなくて、お兄さんが私に会いたいって?
……
「お許しください……、女神よ……」
苦しそうなトゥロンの声。
駆け出す馬の振動。
そして、意識を手放した。
夢を見ていた。
「お兄ちゃん、決めた!やっぱり私、医療系の大学に進学するよ!」
「は?医療系って、医者になるってことか?」
「医療系は医療系でも、私が学びたいのは、東洋医学の方なんだよねぇ。漢方についても知りたいし、鍼灸なんかも知りたい。ああ、もちろん西洋医学の知識も欲しいといえば、欲しいけれど、実践するのはなかなかねぇ」
受験勉強で分からないところがあるからと、兄に問題集を突きつけながら、妹が頭を抱える。
「実践って、おまえ、まさか……」
妹は、にまぁっと笑った。
「当然でしょ!同じような考えで農業大学に進学したお兄ちゃんに、止める権利なんてないんだからね!」
ビシッと妹が人差し指を出す。
「こっちはどうするんだ?皆あっちに行っちゃったら、母さん大変じゃないか?」
「大丈夫じゃない?にーには日本に残るでしょ!」
妹には農大生の兄の他に、ラノベに夢中な年子の兄がいる。
日本の文化大好きっ子のにーにが日本を離れる可能性は、確かに低い。
兄は、そうだなぁと、同意の意を表した。
「しかし、おまえ、こんな問題も解けなくて医療系の大学目指すとか、チャレンジャーだな!」
兄は問題集に視線を戻して妹に軽口を叩く。
「ま、まだ1年以上あるし……頑張る!」
仲のよい兄妹の姿だ。
しかし、容姿は似ているところを探すのが難しいほど違う。
もう1人いるというにーには、どんな容姿なんだろうか?
トゥロンに兄がいるという話が頭に残ったのか、不思議な兄弟たちの夢を見ていた。
幸せそうな家族。
夢から覚めると、まだ頭がぼんやりとしていた。
もう、馬上ではないようで、ベッド?それなりに寝心地のよい場所に横になっているようだ。
暗いのと、頭がぼんやりしているので、視界ははっきりしない。
何があったんだっけ?
そうだ。トゥロンに意識を失わされたんだ。
何故?
兄が会いたいと言っているとトゥロンは言わなかったか?だから、連れて来られた?だけど、どうして?
こんな強引な手を使って連れてくるのはトゥロンらしくないよね?
頼んでくれれば、トゥロンには色々お世話になっているんだから何とかしたのに。
数日の寄り道くらいなんてことないのに。
どうしちゃったんだろう、トゥロン……。
でも、兄がいるなんて今まで一度も言っていなかったよね?妹とお母さんの話しか聞いたことがなかったよ。
まさか、妹の話は嘘?
それとも、兄というのが聞き間違い?
ああ、分からない。
一つだけ分かることは、トゥロンはきっと苦しんでいるんだろうということ。
だって、そういう顔してた。そういう声してた。
メリークリスマス




