94 吾妻さんについて考えを改める
村を出て、山を下り馬車を回収して街へと向かう。
いつもは御者席にトゥロンと一緒に並ぶのだが、今日は少し疲れたからと、馬車に引っ込んだ。
まずは郵便物チェック。
ユータさん宛ての葉書が返送はされていない。ダイレクトメールが4通。そのうち3通は通信教育系。変な話だけど、今この状態でも通信教育だったら、学ぶことができるんだよなぁ。
日本に戻って就職活動に有利なように、こちらで勉強でも始めようか?
メールチェック。
久しぶりに吾妻さんからメールが!数日前に、日本への帰り方について尋ねたメールの返信だ。
『日本か……帰れるものなら帰りたかったな。申し訳ないが帰り方は、分からない。何かヒントになるかは分からないが、インターネットを使って調べることはできないだろうか?新しく携帯を入手して感じたのだが、今はインターネットでかなり情報が拾えるようだな。もし、日本、いや、世界中のどこかに、こちらの世界に来た人間が帰ったことがあるのなら情報が得られるかもしれない。こちらでも、調べてみる。今は公私共に仕事が立て込み忙しいので少し時間がかかる。すまない。もし、こちらでの生活に困っていればすぐに知らせてくれ』
まず感じたのが、違和感。
何だろう、この感じ?
そうだ「帰りたかった」と過去形で書いているところだ。
帰り方を探して諦めたのだろうか?いや、それにしては、私のために帰り方を調べるというニュアンスが強い書き方がしてある。
新しく情報を入手できる手段を手に入れたのだ。帰りたいと思っていれば、帰りたかったなどと過去形にする必要はない。
吾妻さんは、こちらの世界で生きていくことにしたんだ。
何故?
どれくらいの年月居たのか分からないけれど、私よりもずっと長いよね。
人との関わりが深くなって、離れられなくなったのかな。
どうも、貴族社会との関わりがありそうだもの。家族ができたのかもしれない。結婚したとか。
ん?嫁に来いってメールは戯れか?いやいや、本気にはしてないけれど、結婚していたら冗談でも言わないよね?
結婚して子供が生まれて家族ができたって線じゃないのかな?単に大切な人たちがいるということかな?
他に、帰らない理由って……
まさか!
ぽんぽんと日本円を動かしてるけど、あの大金、犯罪がらみ?
日本で指名手配とかされてて、帰るに帰れないとか?
いやいや、まさかね。
い、一千万円なんて、普通に働いて、使わなければ溜まるよね?ほら、吾妻さん日本円使う機会ないわけだし?
って、普通に日本で働けないじゃん!
ちょっと本当にどういうこと?
深呼吸一つ。
もう一度メールを読み返す。
私のために、情報を入手しようとしてくれる。
忙しいことを申し訳ないと言ってくれる。
それから、日本に帰りたいと思っている私が、こちらの世界で困っていないか心配してくれている。
吾妻さん、良い人だよね?
そういえば、呪いのコインじゃない、何だっけ守護の何とかもくれたのだって、私がなれないこちらの世界で苦労しないようにって気遣いだよね?
……。うん。決めた。吾妻さんは良い人だ。そう思うことにする。もう少し、歩み寄ろう。疑ってばかりじゃ何にも進まないよね?今度、好きな本の話をメールしてみよう。トゥロンと分かれて一人旅になれば、きっと寂しくてメールしたくなるだろうし……。
ガタンゴトンという馬車のタイヤの音が一段高い音になった。
ああ、街に入ったんだ。踏み固められた土から石畳になったんだ。
トルニープとの国境沿いの街。トゥロンとの別れの場だ。
程なくして、馬車が止まりトゥロンから到着の意を告げられる。
「手続きをして来ます。馬車を返したり、少しいつもより時間がかかると思いますが、どうしますか?」
「じゃぁ、少し街を見て回ってくるわ。そうね、あそこに見えるお店でご飯を食べましょ?」
目に付いた飲食店を指差し、トゥロンは了解とうなづいて見せた。
トゥロンが、馬車を警邏の1人に預け、事務所に入っていくのを見送ると街のにぎわっている方へ向かって歩き出した。
何か、トゥロンとのお別れにプレゼントしたいな。今までのお礼。だけど、きっとトゥロンもマーサさんたち同様素直に受け取ってくれるタイプだとは思えない。
幾つかの店を見て、閃いた。お母さんと妹さんに用のお土産だと言えば、トゥロンも受け取ってくれるだろう。
そうだなぁ、荷物になるといけないから、嵩張らないもの。女性が好きそうで、お礼として私が(自己)満足できる価値があるもの。やっぱりアクセサリー類かな。
街を進むうち、広場に人だかりができているのが目に入った。
「何、何?」
そりゃ、野次馬根性出るでしょ!
時折、ワッと人々の歓声が起きる。
人ごみの後ろから、前をのぞこうとしたんだけど、こっちの世界の人たちは私よりも背が高い人が多く、なかなか前の様子を伺えない。
いい歳して流石に、ぴょんぴょん跳ねて見るわけにもいかない。人ごみを掻き分けて前に行くのなんてもうあと20年経たなくちゃ無理!なんて不便なお年頃だろう。
諦めるかと思ったそのときに、不意に静かになった。そして、涼やかな歌声が聞こえてくる。
あ、この歌声!
そう思った時に、肩が叩かれた。
振り向けば、満面の笑みのアネサンこと、サニーネさんの姿があった。
歌に聞き入っている人の邪魔にならないように、少し離れた場所で再開を喜ぶ。
「久しぶりだねぇ!こんなところで会うなんて!」
「あの時はお世話になりました!」
サニーネさんは、馬車もち一座の女座長さんだ。グランラへ一緒に赴き、紙の作り方事件で協力してくれた人だ。
「いやいや、ウチらの方こそ、お礼を言うよ」
「え?」
「紙を使った新しい芸が、大うけさ!特に日が落ちてから、あの天灯を上げると、お捻りが跳ね上がるのさ!」
サニーネさんがいたずらっ子のように、片目をつぶって見せる。
「ところで、リエスはいつまでこの街にいるんだい?ウチらは、今やってるのが終りしだい、北へ向かうんだ。いくつかの村を回って、2週間後にはまたこの街に戻ってきて、何日か滞在する予定なんだ」
「えーっと、私の方は今はまだ予定がちょっと分からないんです」
「そうかい。まだ2週間後にも居るようだったら、会いに来てな!」
「はい!」
歌が終わりかけたころに、サニーネさんは「おっといけない、出番だ」と言って駆けていった。
もし、ここで日本への帰り道が見つからなかったら、サニーネさん一座に入門させてもらおうかな……2週間後か。忘れないでおこう。




