93 おばぁちゃんの思い出
ぐるぐると頭の中をはてなマークが飛び交う。
変な顔してたのか、トゥロンが首をかしげた。
「リエス嬢が、シャルト殿から守護されし者の印を貰いましたか?」
「へぇ?」
唐突に意外なことを言われたので、素っ頓狂な声を出してしまった。
「違いましたか?」
「ち、違うよ!」
「そうですか?シャルト殿も、なんというか……」
トゥロンが残念な人を見るような目でシャルトの名を口にした。
「ああ、村が見えてきましたね!」
トゥロンの言葉に前方を見れば、木々が少し開けて幾つかの家が立っているのが見えた。
村に着くと、何も考える余裕もないくらい、忙しく動き回る。
どの村でもそうだが、村人達は熱心だ。初めて見る紙というものに驚くし、産業として成り立つということでよく話を聞いてくれる。
稲科の植物意外でも紙は作れるのだが、向き不向きもあり、村ごとに工夫が必要となる。勤勉で熱心な人たちならすぐにでも良い方法を見つけてくれるだろう。
ぐつぐつ煮ている間に、持ってきた紙で、使い方の例も教える。
やはり特に喜ばれたのは「障子」だ。それ以外にも、隙間風の入る場所を防ぐことにも使える。紙粘土状にして隙間に塗りこんで使うこともできるのだ。そして、紙は熱伝導が小さいので、他にも防寒対策に役立つ。あと、間に空気を取り込む工夫ができれば、もっと防寒に役立つんだよね。ダンボールって暖かいでしょ?
その日は、山村に一泊。村長の家に泊めてもらう。
「お2人はどういうご関係なんじゃ?」
村長の家には、初老の村長夫婦、村長の長男夫婦、10歳前後の娘2人がいた。
夕飯時に、村長が口を開くと、姉が笑った。
「おじいちゃん、夫婦に決まってるじゃん!だって、すごく仲いいし!」
えーっ?!
トゥロンと私が、夫婦?
まぁ、村を回るときは、女性人の警戒を解くためにスカートはいてはいるけれど。
「残念ながら違いますよ」
トゥロンが小さな淑女に笑顔を向ける。
「うそーっ、だって、2人で旅して回ってるんでしょ?」
下の娘が口を開く。
「じゃぁ、兄妹?でも似てないよ?」
ああ、そうか。私とトゥロンの関係ってどう説明したらいいのかなぁと思ったけれど、もしお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな?
優しくて頼りになる。トゥロンお兄ちゃん。……あ、でも私の方が年上だよね。凹。
トゥロンはどう答えるんだろうと思って口を閉じていると、トゥロンは片目をつぶって声を潜めた。
「実は、これは秘密なんだけど、彼女は亡国のお姫さまなんだ。私は騎士で、姫をお守りしているんだよ」
「えーっ!本当?おねーちゃん、お姫さまなの?」
トゥロン、何を言い出すのよ!
すぐに否定しようと思ったけれど、女の子のキラキラ期待する目と、それをほほえましく眺める大人たちの視線が……。
口元に人差し指を立てて当てて、しぃーっとジェスチャーした。
「秘密なんだから、大きな声出しちゃ駄目だよ!」
お姉ちゃんが妹に言って聞かせる。
「ははははっ」
家族から、明るい笑い声が漏れる。
姉妹に、両親と祖父母……明るい笑顔、食卓を囲む光……
小学生の頃を思い出した。
秋田の田舎。
両親と妹と祖父母と暮らした実家。
よく喧嘩もしたけれど、仲の良かった妹。
たくさん怒られたけれど、いつも私の心配をしてくれていた母。
仕事が忙しくてなかなか会えなかったけれど、会ったときはいっぱい遊んでくれた父。
中学にあがる前に亡くなってしまったけれど、いつも冗談を言って笑わせてくれた祖父。
漬物、味噌、編み物、いっぱい教えてくれた優しい祖母。
その夜、実家からメールが届いた。
『おばぁちゃんが入院しました。3日ほどで退院できるので心配しなくても大丈夫です』
妹からだった。
帰りたい。
あのね、おばぁちゃん、おばぁちゃんが言っていたでしょう?
私が幼い頃「あれが欲しいこれが欲しい」って駄々をこねたとき。「おばぁちゃんにあげられるものは、知識しかないんだ。だけど、物はなくなっちゃうけれど、知識はなくならないんだよぉ。」って。繰り返し繰り返し言っていたね。
もしかして、私が色々とカルチャースクールに通ったのも、おばぁちゃんの言葉が染み付いていたからなのかな?
役にたったよ。
おばぁちゃんのおかげだよ。
おばぁちゃん、心配しなくても大丈夫って言ったって、心配だよ。
お願いだから、私が帰るまで元気でいてね。
紙作りを伝える仕事は、この村で最後だ。
明日村を出てから、人が行方不明になるという噂のある街へ向かう。
トルニープとの国境近くの街だ。
そこからは、トゥロンと別行動ということになっている。
日本へ帰れれば私はいなくなる。
日本に帰れなかったとしても、そこから先はトゥロンに頼るわけにもいかない。トゥロンは王都に帰るのだろうし、私はもうミリアには戻らないと決めているのだから。
だから、街についたら、トゥロンともお別れになるのかな。




