91 急展開?あっという間に旅支度が整いそうです
次の日、トゥロンに会った。昨日は戦争のことを聞いた衝撃で、他に何も話せなかったから。
「トゥロン、私旅に出ようと思うの」
自分で言うのもなんだけど、決めたからにはうじうじぐずぐずしてても駄目だと思う。トゥロンは昨日のショックから早くも立ち直った様子の私に少し驚いていた。
「女神が、旅ですか?」
警邏の詰め所からは少し離れた食堂で、昼食を取りながら会話する。
「前に、トゥロンに教えたもらった、サパーシュの人が行方不明になるという場所、あそこで調べたいことがあるの」
トゥロンは、口に運びかけていたスプーンの動きを止めた。
「サパーシュ……」
スプーンを皿に戻し、両手の指を机の上に組んで、私の眼を不思議な顔で覗き込む。
「今、このタイミングで、女神の口からサパーシュの名が出るとは……どこまでも、逃れられない運命なのか……」
トゥロンは苦虫を噛み潰したような顔を一瞬見せた。
そして、意を決したように、深く溜息をついた。
「前に、母と妹の話はしましたね?実は戦争が始まる前に一度里帰りをしようと思っていたところなのです」
「え?」
「母と妹は、キュベリアのサパーシュ領とトルニープの国境付近に住んでいるんです」
まさか、それって?
「女神さえよろしければ、ご同行させていただいても?」
「あ、あの、本当に良いの?一緒にサパーシュまで行ってくれるの?」
こんな嬉しい偶然ありでしょうか?
すごく、心強い。
「ええ、私めでよろしければ、是非」
「あ、ありがとう!私、1人で旅なんてしたことないし、どうしたらいいのか全然分からなかったの。それで、旅に詳しい人に話を聞こうと思って、誰かトゥロンなら知ってるんじゃないかと……でも、まさか、トゥロンと一緒に旅ができるなんて。心強い!嬉しい、本当に、ありがとう!」
トゥロンの両手の上に、両手を重ねてお礼を言う。
「いいえ、お礼を言われるようなことでは……」
微かにトゥロンの手が震えたので、慌てて手を離す。
「本当に、分からないことだらけで、旅の準備って何を用意すればいいの?馬車があるわけでもないから、あまりたくさんの荷物も持っていけないよね?最低限必要なものって何かな?」
立て続けに質問をする私の言葉をトゥロンは制した。
「おおよそのものは、こちらで準備します。女神は、ご自身の身支度さえそろえて頂ければ。そうですね、風雨と寒さをしのぐ衣類と、数点の着替えがあれば大丈夫ですよ」
「え?それだけ?私もちゃんと準備手伝うよ?ああ、でも、足手まといになるかな、じゃぁ、準備金を……」
懐から、お金を出そうとして、トゥロンに止められた。
「女神さえよろしければ、いつもの方法を取りたいと思っているんですが?」
「いつも?」
「そうです。仕事をしながら旅をするんです」
トゥロンによれば、警邏と警邏の連絡係や指導役、馬の運搬や、村の巡回などの移動を伴う仕事を請け負い、里帰りの旅をするらしい。
国から請け負う仕事であれば、馬も使えるし、移動する先々で支給品もある、さらに給金までもらえるらしい。
すごいっ。そんなおいしい方法が……。
「でも、私はそういうわけにはいかないよね……」
トゥロンが借り受けた馬に同乗させてもらうことになるのかな?でも、長距離の移動じゃ馬に負担だよね。
「確か、辺境の村々に紙の作り方を教えて回る仕事があったと思います。もちろんトルニープ方面の村へも。少し遠回りになるかもしれませんが、女神さえ良ければ仕事を請け負っては?」
何て運がいいんだろう。
それなら私にうってつけの仕事じゃない?
ちょっと遠回りになるといっても、徒歩で旅するよりも、馬が使えるほうが何倍も早く着くよね。
それに、この世界では馬が使えれば、徒歩の何倍も安全だし。
村に紙の作り方を伝える仕事をしている人はすでに何人もいるようなので、特に目立って危ないってこともないようだし。
「その仕事、どうしたら請け負うことができる?」
トゥロンは右手を胸にあてて、小さくお辞儀をした。
「このトゥロンめにお任せを。すべて手配させていただきます!3日いただけますか?」
「何もかもありがとう、感謝してもしきれない!」
何てことだろう、こんなにも簡単に、旅の色々が解決しちゃうなんて。
あっけなさすぎて、もう3日後には旅に出るなんて、現実味がまだない。
日本に帰れても帰れなくても、もうミリアの街には帰らないなんて……現実味がない。
ぼんやりと、街の中を歩いて小屋に戻る。
旅に必要なものは、トゥロンが用意してくれると言っていたが、せっかく作った携帯用の保存食なので、もっていけそうなものを荷造りする。そして、乾麺にしたうどんはラトあてに残しておく。
グランラから持ち帰ったお米には、炊き方を記して残しておく。
馬小屋のハイジのベッドはどうしようかと思ったが、ラトが気に入っているかもしれないのでそのままにしておくことにした。
ユータさんの免許証入りの財布は、元の場所へと戻す。さらに、私の住所とメルアドのメモも一緒にして残しておく。
もし、私のようにまた誰かが日本からこの小屋にたどり着いたときのために。
数日前には、この小屋が私の家だと思ったのに。
私のこの世界での帰る場所だと思ったのに。
お別れだよ。
隅々まで掃除をする。
あっという間の3日間。
小屋での最後の夜に、またラトが来た。
前に来たときのように、疲れてひどい顔をしている。
そして、すぐに眠ってしまった。




