89 さよならの決意
暗いです
トゥロンが、その後何かを言っていたが、とても頭には入ってこなかった。
私を慰めようと、何か言葉を続けていたように思う。
とても気持ちが落ち着かない私を、トゥロンは送ってくれると言ったので、マーサさんの店まで送ってもらった。
「あら、どうしたんだい?大丈夫かい?2階で少し休みな」
どんな顔色をしていたのだろう。マーサさんはとても心配そうな顔をして、私を2階の部屋まで連れて行ってくれた。
背中をさすってくれるマーサさんの手が暖かい。
「大丈夫かい?何か少し飲むかい?ミルクを温めてきてあげるよ」
戦争になったら、マーサさんは?
戦場に借り出される人たちだけじゃないよね。兵士だけじゃないよね。
命の危険があるのは、戦地となった人たちもだよね。
戦争になったら、マーサさんの旦那さんやダーサは?男達は駆り出されたりしない?
ラト、シャルト、トゥロン、マーサさん、ルーカ、ダーサ、アジージョ、レジージョ、サマルー、それから……
この世界で出会った人たちの顔が次々に浮かぶ。
目の前で、命が断たれようとしている場面で、私は冷静でいられる?
オーパーツだろうとなんだろうと、助ける手段があれば助けるよね。
火薬があれば戦争を止められるなら、火薬を持ち込むよ。それでみんなの命が助かるなら。
それで、この世界が将来どうなってしまうのか……世界の未来一つと、大切な人たちの命と天秤にかけたって……
私は、今救える大切の人たちの命を選んでしまうだろう。
怖い。
私の、存在が怖い。
だめだ。これ以上この世界に居ては。
私はここにいてはいけない人間。
早く、帰らなくては。
ううん、もし、日本に帰れないとしても……
あまり、この世界の人と深く関わるべきではないんだ。
この世界の歴史に関わるようなことをしないために……。
隠居生活っていうか、引きこもればいい。人里離れた場所に。
もしくは、ずっと1箇所に留まらず旅をすればいい。そうしれば、一石二鳥だ。日本への帰り道も探せる。
幸いこちらのお金はきっと一生暮らせる分くらいは手に入ってる。日本のお金は、心もとないけれど、事情を話して暫く吾妻さんに970万を借りておくこともできるだろう。
旅支度を急ごう。
私は、ここにいてはいけない。
この世界を壊しかねない存在なのだから。
マーサさんにホットミルクをご馳走になってから、すぐに山小屋に帰った。
明日も、トゥロンはいるはずだから、明日には旅のことをとにかく尋ねよう。
そして、待っていると約束したけれど……支度が整い次第旅に出る。
ごめんねラト。
日本に帰ることができてもできなくても……きっとこの小屋には帰らないよ。
帰れないんだ。
オーパーツを、鞄を手放す勇気は無いから。
手紙を残しておくね。
マーサさんに預けておこう。
もし、私が3ヶ月以上戻らなかったら、手紙を受け取ってもらえるように手配しよう。
そう思ったけれど、何を書いて良いのか分からなくて。全然筆が進まないよ。
深く、息を吐く。
3年働いて、中の良い人もたくさんできた派遣先を後にする日。別れるのが辛かった。寂しかった。
だけど、次の派遣先で仕事をするうちに、だんだんと寂しさもまぎれた。メールのやり取りをしていた人ともそのうち疎遠になって……。
2年付き合った彼氏と別れたときも、悲しくてもう生きていけないと思って泣き暮らした。だけど、4日後には涙も止まった。何とか動けるようになり、1ヵ月後には涙も出なくなった。そして半年後には新しい彼氏ができた。
大丈夫。今は辛いけど。きっと、大丈夫。
別れがたいたくさんの人たち。
もう2度と会えないかもしれないと思うと、今まで経験した別れよりも心の奥がぎゅぅーーーっと苦しいけれど……。
日本に帰る私と、この世界の人たちと、いつか必ず来る別れだもの。
少し早くなるだけ。
それだけ……。
暗いまま引っ張りたくないので明日も更新します。




