88 ラトと吾妻さんとトゥロンと
次の日は、午前中に掃除と保存食作りを少し。ネットで検索すると、色々と出てきたからそれを参考に。
干し野菜、干し肉、ラスク、それから定番の乾麺。まぁ、ほとんど乾燥させて水分を抜く系だよね。
あと保存が効くものといえば、砂糖に漬けるっていうのもあるけれど、こちらの世界で砂糖はNG。アルコール類も旅に持っていくにはふさわしいとは言えない。
裏の川では魚も取れるので、今度網でも張ってみようかと思う。川魚は焼き干しするつもりだけど、燻製でもいいかな?
まぁ、旅に持っていくのには無理だと思ったら、ラトへの置き土産にすればいいだけだし。
一通り作業を終えると、足りない食料の買出しと、警邏詰め所への顔出しを兼ねて街へ。
マーサさんのお店で昼食を取りながら、知り合いに旅慣れた人がいないか聞いてみた。やはり、何日もかけて旅をするような人はほとんどいないそうだ。
ミリアの街から行く場所といえば、主に王都だ。好き好んでミリアよりも田舎に何日もかけて行くような人はいないらしい。時々、田舎から出てきて王都に向かう途中らしい旅人を見るらしいが、ミリアは単なる通過点として通り過ぎていくらしい。まぁ、王都からの距離を考えれば当然そうなるんだろうね。
連絡係として来ていたのは、使節団で数回会話したことがあるか無いかの護衛の人だった。またまた練習風景を覗き見したんだけど、素人目で見ても、やっぱり昨日のトゥロンの方が実力が上だよねと思った。
リエスサイドの連絡係のリーです。よろしくお見知りおきをとだけ挨拶をして、その場を離れた。
夜、そろそろ寝るかと、火を消そうと立ち上がった時、小屋のドアがノックされた。
寝るときは内側からつっかえ棒のような鍵がかけてある。
「少年」
「ラト?」
暗くなってから尋ねてくるなんて、珍しい。
ドアを開けると、ラトが倒れるようにふらついて小屋に入ってきた。
一瞬、また怪我でもしてるんじゃないかと、暗がりの中で全身を確かめる。
「大丈夫?」
「少し、仕事で疲れただけだ……大丈夫」
ラトの体を少し支えるようにして、クッションの寝床に座らせた。
ラトは、すぐに上半身を倒し、横になる。
「何か、飲む?それとも少し食べる?」
首を横に振ったラトは、私の手を引いた。バランスを崩して、ラトの横に倒れこむ。
ラトはそのまま私の体を包み込んだ。
「ラト?」
返事はない。ラトは、私を抱き枕にしてすでに夢の住人になっていた。
いちにのさんで眠れるとか、お前はのび太か!と、心の中で突っ込む。
ううん。分かってる。それだけ疲れてたんだね。仕事で何があったのか知らないけれど……。呼び出されたときは相当深刻そうだったもん。
ラトの腕から少し力が抜けた。それだけ熟睡してるってことだよね。
そっと腕の中から抜け出して、ラトと向き合うように体をひねる。ラトの疲れた顔が目に映る。そっと、顔にかかった髪の毛を払う。
何故か頭をなでたくなって、起こさないようにそっと撫でてみた。
「疲れてるなら、無理して来なくてもいいんだよ。ちゃんと私はここで待ってるから。急にいなくなったりはしないから」
灯りを消して、ラトの隣でそのまま眠った。
起きたら、すでにラトの姿は無かった。まだ、空は紫色に染まっている時間だというのに。
ちゃぶ台の上に、紙が一枚置かれていた。『まだ、仕事が落ち着かない。次はいつになるか分からないけれど、待っていてくれ』その後に、紙について簡単な説明が書いてあった。
なんと、すでにラトは石鹸だけでなく紙までも手に入れてたんだ。やっぱり、相当位が高いぼっちゃんだよね?まだその辺のペーペー貴族が手に入るほどの量があるわけないし。
それにしても、こんな珍しいはずの物を持ってくるのは、私に見せて喜ばせないからなのかな?
携帯を取り出しメールチェック。小屋に戻ってからは、火を消して布団に入ってからチェックする習慣だったんだけど、昨日はラトが来てたからまだだったんだよね。
「あ、久しぶりに吾妻さんから来てる」
『申し訳ない』
ん?タイトルが謝罪だぞ?
『必要以上に俺のことは知らないほうが身の為だ。俺の元へ来るというのであれば、迎えをやる。いつでも来い。なんなら嫁に来てもいいぞ?』
なんだぁ?このメール!
居場所を聞いたが、答えられないが、来るのは構わないって、よくわかんないし!
っていうか、嫁に来てもいいとか、何、上から語ってるんだよ!
『仕事が忙しく、当分メールのやり取りもできないかもしれない。緊急時には電話をしてくれ。』
えーっと。何?仕事をいい訳に、遠まわしにメール断ってる?これ以上色々聞かれないように?
本当に、何を意図したメールなのか、吾妻さんの真意が分からない。
怒らせて距離をとりたいのか、単なる冗談なのか。受け取りようによっては、私の身の安全を考えてくれているようにも思えるけど。
うーん。どうしよう。何と返信しようか。それとも、今はメール送られるのは迷惑だろうか。
考えるのが面倒なメールの返信は、しない。うん。何か必要があればまたメールくるだろうし。緊急時には電話してくれとか書いてあるからには、完全に連絡を絶つつもりもないみたいだし。
トゥロンとの約束の日、衝撃的な事実を聞かされた。
「戦争?」
私の住む世界では、遠くの出来事だった戦争。
「そう。西側で戦争が起きた。もうすでに収束したが、また戦争が起きるかもしれない。今度起きるとしたら、西側と東側との戦いになる」
「それって、キュベリアが戦争になるってこと?」
トゥロンは首を横に振った。
「分からない。西のアウナスが次に何処を狙うのか。キュベリアかもしれない。グランラかもしれない。まったく何処とも争わないかもしれないし、明日にでも準備を整えるかもしれない。今、それを見極めようと上の方では必死に情報を集めている」
戦争?
戦争が起きたら、旅なんてしていられないよね?まずは戦火から逃れなくちゃいけないもの。
ラトの仕事って、戦争に関係したことなの?
戦争が起きたら、ラトは……
兵士か何かだし、戦争に行くんだよね?
今、目の前にいるトゥロンも……戦うんだよね?
「戦争になったら……どう、なるの?」




