75 いやいや、意図してないですって
ガンツ王の右隣の人物、先ほどうなづいていた壮年の男。年齢の割には落ち着いている。
「確かに、王都で紙の生産は難しいと思われます。大量の薪が必要なため、生産に向いているのは薪が用意に手に入る場所と言えましょう」
そうだね。女将さんも、薪がなくては困ると言っていたもの。近隣の村に薪を買い付けに行かされた時に「これだけの薪の需要が一年中続くようでは、いずれ不足する」と言っていた。そうしたら、もっと遠くから薪を買い付ける必要が出てくるだろう。正直、輸送手段に馬を当てにできないこの世界では、薪を遠くから大量に運ぶのはかなりの重労働だろう。
「山奥であれば、薪の入手には事欠きません。そして、生産される紙というのは、薪などに比べ軽くて運搬は楽。食料と違って腐敗の心配もなく、運搬を急ぐ必要もありません」
そうだね。薪を運ぶより、紙を運ぶほうが楽だろう。
まぁでも、紙もね、大量になると重いよーっ。独り暮らしの何が大変って、溜まった雑誌を廃品回収に出すときだよ!重い、重い!ほら、つい、沢山一度に束ねたくならない?束ねてもさ、持てないんだよ!重くて。ほどいて半分ずつに束ね直すとか、何度経験したことか。
そして、見られたくない雑誌は、背表紙にガムテープ貼ってファッション雑誌でサンドイッチも忘れずに。
……結婚の予定も無いのに買ってしまった結婚情報誌とか……凹。
「さらに、何と言っても需要は半永久的に見込まれる。最終的には子供のおもちゃまで需要は広がると予想されますが、概ね普及するまでは主に富裕層の需要が高いでしょう。それ故、ある程度の価格も保障されましょう。」
ガンツ王は大きく頷く。
「つまりは、王都から離れた山奥の産業の乏しい貧しい村で紙を生産するということは、薪の資源面と村の生活向上面で一石二鳥と言うわけだな」
うん、過疎化の村では産業を育てるのは大切だ。仕事を作ることもね。
「馬車もちの一座が、キュベリアの僻地の村や街を巡り紙の作り方を伝えて回っているというのは何とすばらしいことか。本当に恐れ入る」
ガンツ王が再び大きく頷く。
「下々の民の生活まで良く考えているのが分かる」
は?
……。
えーっと、うーんと、誰が、下々の生活を考えてるって?
「そうですね。貧しい村に巡業させるのは、村人達への娯楽提供だけではなく、逆に国内の情勢把握の意味合いもあるのでしょう。違いますか?」
サマルーが是を示す。
「流行り病、不作、そのほかの災害、何かあれば助けられるようにとのことでしょう?そして、今回は役に立つ情報をいち早く伝えようとグランラでの滞在期間を縮めて各地に向かわせた。村人の生活向上のために」
いや、違う、違う。私の保身のためだって。保険よ、保険。
「もし、日程どおりキュベリア王都へ帰還してから、再び巡業に出たのでは、情報が伝わるのが一月以上違ってくるでしょう。冬になれば雪に閉ざされ、せっかく生産した紙を売りに行くこともできなくなる」
えー、そうなんだ。
それにしてもすごいね。ガンツ王といい、その腹心?といい、物事をすごく深く考えてる。
それも、王都からすれば遠隔地の人間の生活を。
どれだけ国民を大切に考えている人たちなんだろう。頭が下がるよ。
「見習わせてもらうぞ」
ガンツ王は、テーブルの横に立って控えていた1人に命を下す。
「紙の生産方法を、山の中の貧しい村から順に伝えよ!生産した紙は当面は国が責任を持って買い取る。金額については使った薪の価格の最低3倍は保障する。早急に準備せよ」
部下は、姿勢を但し一礼して出て行った。
「申し訳ない。会談中にするべきことではなかったかな」
ガンツ王は部下を見送ると、キュベリアサイドに視線を戻し腰を下ろした。
「さて、では本心で語らせてもらう。同盟についてだ」
あ?今度は同盟の話?
えーっと、私の身の安全はどうなったんでしょうか?
「紙の件は、もうよろしいので?」
シャルトが、私の疑問を口にしてくれる。
「ああ、もとより我が国に有益だからと、独占して余計な争いを生む気はないからな。逆に、キュベリアが紙に対してどのように考えているのかを知りたかったのだ。紙の生産を一部の者に許可を与えて特権とすることや、紙に税金をかけるなど国民に対してよからぬことを考えているのではないかと。どうやら、一座に広めてもらうということで、そうではないということが分かった」
冷や汗たらリ。
そういうつもりもないし、私の独断行動なんだけど、どうしよう。
まぁいいか。6つの一座が村々を回って広めてくれているんだから、キュベリア王都に情報が届くころには、紙の作り方は相当広まっているだろう。独占生産や販売などできないくらいに。あながちガンツ王の考えも間違えとは言えない。
「いや、分かったことは、それだけではない。キュベリアが国民のことを思いやる国だと分かった。色々と試すようなことばかりをして申し訳なかった。しかし、許して欲しい。グランラ国民が犠牲になることは避けねばならぬ。それが王としての勤めだ」
最もだ。
「同盟の意図を、図りあぐねていたのだ。西の大国に対抗するために一大勢力を作るための同盟。これは、西対東の全面戦争になりはしないか?西が攻められないようにするために同盟を組むこともあれば、西に攻め込むために同盟を組むこともあろう?本心が分からなかった」
そうか。同盟を組んで終りじゃないもんな。
同盟国のどの国が主導権を取るか、主導権をとった国がどのように同盟を動かすか、確かに不安だ。迂闊に判は押せないよね。
初めから参加していないのではなく、一度参加したのにも関わらず「やっぱりやめます」の方が大変だ。
ほら、結婚より離婚の方が大変とか言うし。って、例えが違うか。
同盟を抜けるなど「裏切り者」と標的が西から自国へと移っては大問題だもんね。
「どうやら、キュベリアの国民に対する政策から考えるに、戦争を仕掛けるための同盟というわけではない。そう考えてもいいのだな?」
私は当然国政に関わっているわけではないので、この辺りの会話は参加しないで黙る。
「キュベリア王に遣える者として発言させていただきます。王は血を好む性質ではありません。同盟に関しての会談の席を設けていただけるというのであれば、ガンツ陛下自ら王をお試しくださればと思います」
サマルーが目を輝かせる。
同盟が叶うか叶わないか、それは今後次第だが、話し合いの席が持たれるだけでもすごい前進と言えよう。
そのチャンスがめぐってきたのだ。
「一つ、お尋ねしてもよろしいですか?」
シャルトが口を開く。
「なんだ?」
「西に攻められないために、キュベリアは同盟が必要だと考えました。グランラは、同盟以外に、西に攻められたときの対策はあるのでしょうか?」
ガンツ王が口の端を上げた。




