74 囚われの身回避の術
「チュリ様やお子様達のためにとおっしゃるのであれば、一度キュベリアに戻り改めてということで」
急ぐ用じゃないのだから、また今度ねって意味だね。
「リエス殿を待つ者?家族か?恋人か?」
え?恋人?
ラトが、恋人?
咄嗟に上げた視線がガンツ王と合う。
いや、いや、うどん坊ちゃんが恋人とか、ない、ない、ないから!
同じベッドで寝たこともあったけど、全然そんなんじゃないし。料理してあげても、そんなんじゃないし。
「なるほど、恋人か……若い娘の恋路を邪魔するわけにはいかないな」
ちょっと、ガンツゥ!私の何を見て、恋人だと断言したのだ!
お前はセクハラ上司か!人の恋路を勝手に想像するなーっ!
しかし、グランラ国内に留めることを、恋路一つで諦める?ガンツ王は愛妻家だからだろうか。優先順位が恋路?
「無事に、恋人の元へ帰り着くように祈っておくぞ」
ぞぞっ。
紙の製法を知っている私の口封じ宣言?
軟禁ならまだ御の字って言うの?
「リエスを含み、我々キュベリア使節団の帰路の安全へのご配慮、感謝いたします」
サマルーが、我々に何かあれば国際問題になるぞと、暗に言ってくれた。
だけどさ、正直なところどうなの?私のような庶民1人のために、キュベリアが国として何かアクションとるかな?
なーなーにするか、交渉材料の一つにして、ちょっとだけキュベリアが有利になるか、その程度じゃない?
はー。やっぱり、保険かけといてよかった。
いざというときのための保険だよ。色々な状況を想定して、打てる手は打っておかないと。
さて、どうやって切り出したものか。
サマルーとガンツ王の間に緊迫した空気が流れている。
もちろん、他の人からも、緊張が伝わってくる。
こんな場で発言するのには、とても勇気がいる。勇気がいるけれど、やるしかない。
アラフォーなめんなぁ!
派遣先で、派閥間で苦しんだこともあるんだ!にらみ合ってるA派閥とB派閥。あんたはどっちの味方なの敵な空気。
そんなときに身に着けた「空気が読めないふりをする」を今発動してやる!
流石に、折り紙折って、この空気を無視するというくらい傍若無人なまねはできないので、すこぉしだけ緊張感の抜けた声を出す。
「あの、よろしいでしょうか?少し誤解があるようなのですが」
「誤解?話してみよ」
ガンツ王の許可も取れた。
「確かに、数日前まではキュベリアで紙の製法を知るものはいなかったはずですが、今は違うと思います」
緊迫して張り詰めていた空気がざわりと揺れる。
「どういうことだ?こちらの調べに間違いでもあるというのか?」
ガンツ王の二つ隣の人物が声を上げた。
「リエス殿は、以前にも誰かに紙の製法を伝えたのかね?」
声を上げた人物を制し、その隣の初老の男がゆっくりと言葉を発する。
「いいえ、故郷を出てから紙の製法を伝えたのは、4日前のグランラ王都が初めてです」
「それならば、どうしてキュベリアに紙の製法が伝わるというのだ?グランラ王都にスパイでも紛れ込ませたか?」
ああ、そうか。スパイっていうのが世の中にはいるんだ。
でも、サマルーたちの情報収集能力からすると、どうもキュベリアはそっち方面は手薄みたいだよねぇ。
「いいえ。私には、それは分かりません。私が言えるのは、あの場に居たのは私と共に準備を手伝ってくれた一座の者たちです」
「一座!」
一番初めにこの言葉にぴんと来たのはサマルーだったようだ。
「お祝いの祭の相談をすると、確かにリエスと行動を共にしていた。そういえば、ここ数日は姿を見ていないが、まさか」
私はサマルーにうなずいて見せた。
「すでに、キュベリアへの帰路に着きました。馬車持ちの一座ばかりです。旅にも慣れていますから、」
ガンツ王の左隣の男が、私の言葉に続けた。
「特に問題の報告は受けていません。昨日には一座は国境を越えているかと……」
それを聞いて安心した。
「6つの一座の皆さんは、紙作りを手伝っていますから、当然製法も知っています。キュベリア各地に散った一座は、それぞれの地で昨日から紙作りを伝えていると思います。馬車持ちの一座が地方巡業するときは、芸を披露する他に、情報伝達の役割もあるということ聞いてます」
しーんと静まり返った会議の席で、一番初めに口を開いたのはガンツ王だった。
「すばらしい!」
ガンツ王は、腰を挙げて拍手をした。
グランラ側は、ガンツ王の意図が分かり頷く者もいる。
え?これ、何?
拍手される意味が分かりません。
だって、ガンツ王の目論見?紙の製法を独占するというのを、阻止しちゃったことになるんだよ?怒らせることはあっても、褒められる筋合いはないよね?
それとも、この拍手は、まさか……
「よくも、出し抜いてくれたな!許さん!生きて帰れると思うなよ!」って合図?
ガンツ王の表情を恐る恐る見れば、笑顔なんですけど。
でも、笑顔から一転「十倍返しだ!」とか言わないよね?
ガンツ王は拍手を終えると、ゆっくりと語りだした。
「キュベリアも、我が国と同様、取り立てて産業とするものが無く貧しい村や街もあると聞いている。主な原因は、農地となる土地の不足と、王都などの都市との距離の問題だ」
ん?話が、別方向になった?
「険しい山に囲まれていては、開墾もままならない。山からの恵はあるものの、自給自足で足りないものもあろう。王都に住む者との生活レベルは残念ながら開くばかりだ。我がグランラでも、そういった村々を何とかできないかと頭を悩ませている」
うん。難しい問題なんだよね。文明の進んだ日本だって、田舎の過疎化は問題になってるから。
働く場所がないとか、不便だとか言ってね。でも、不便といっても電気水道ガスはあるし、ちょっと時間はかかるけど車で買い物もできるし、今ならネット通販とかで欲しいものすぐに手に入る。
きっと、そんな不便とは比較にならないくらい、この世界の田舎は大変なのだろう。想像できないけど。病気や怪我しても医者みたいな人もいないだろうし。災害が起きても、それに対応してくれる領主様?とかへの連絡だって何日もかかるのだろうし。
「キュベリアが、貧しい村々の娯楽のために、一座に馬車を与えて巡業させているというのは聞いていた。それはそれで、立派な試みだとは思う。人は食うだけでは疲弊してしまうからな。しかし、根本的に貧困を打開する策も必要だ」




