73 ラト、私の帰り待っていてくれるかな
「そうですね。狼煙、密書、報告書……この紙というものが長期保存が可能であれば、各種記録に使えそうです。私も、政治や軍事方面での使用法しか想像できませんでした」
シャルトの答えにガンツ王が頷き、私を見る。
「リエス殿、お分かりか?この紙というものが、どれだけのことをもたらすのか?我がグランラも、キュベリアでも子供のおもちゃでは済まない。そうだな?」
次にガンツ王は、隣に座る初老の男に声をかけた。
「はい。現在わが国では、木管による記録文書を保存していますが、保存庫の大きさに限りがあり、一般文書は10年、重要文書にいたっても50年の保存となっています。ですから、100年前に起きた水害の処理について調べようにも資料が残っていないという有様です。紙のように嵩張らないものへ記録を書きとめ残すことができれば、現状の10倍、いや100倍の量が保存できるかと
その言葉を受けて、別の人物が言葉を続ける。
「そうなれば、先人の知恵を活かし国も大きく発展できることは間違いないかと存じます」
いや、まぁ、分かるんだけどね。私にも。知識の蓄積って大切だし、情報の伝達も大切だもの。
「しかし、この紙というものは、そんなに長い期間保存できるものなのか?」
どうしようかな。もう、紙について全部暴露しちゃう?
「故郷には、紙に書いた1000年前の恋物語が残っています」
場がざわつく。
1000年という途方も無い年月に、皆驚きの声を隠せない。
そうだろうな。ここでは1000年なんてもう伝説の部類だろう。日本では『歴史』として学習するからなんとなぁく、そういう時代があったのかと思えるだけで。
「1000年?」
「そうです。紙は、火にも水にも弱いし、手で簡単に破ることもできます。ですが、虫や日光など幾つかの点に注意すればとても長い期間保存ができます」
手元にある紙を何枚か束にし、二つに折り曲げた。
「中心を糸などで縫いとめ、このような形にした『本』というものが、故郷には多く流通しています。それも、娯楽としてです。吟遊詩人が伝えるような物語が書かれている本、動物や植物などの知識を得るための本、子供が楽しむための絵が描かれた本など」
折り曲げた紙を本をめくるようにめくって見せる。
「なるほど、なるほどな。リエスの故郷とやらは、桃源郷か?よほど長く平和が続いているらしい。1000年もの間、戦火に焼かれず紙でできた本が残っているとは」
1000年の間には戦国時代とか世界大戦とか戦争はあったけどね。まぁ、細かいことはいいか。あんまり故郷のこと尋ねられてもまずいし。適当に話を合わせて笑ってごまかしておこう。
アラフォーなめんなよぉ。必殺の、めんどくさい話は聞き流す、逆らわない、訂正しない、気にしないだ!世渡りにはそういうのも必要と学んだのは何歳くらいからだろうか?
「しかし、1000年というのが大げさだとしても、50年も保存できるならば充分でしょう。新しく書き写していけば問題ないのですから。紙とは、すばらしいですよ。『本』という形も保存しやすいだけでなく、必要な情報を探すのにとても便利そうだ!」
興奮気味の文官の1人がガンツ王に唾を飛ばしながら力説する。
「実は、昨晩のうちにこの紙というものに書いてみたものがあります、ご覧ください」
懐から、小さく折りたたんだ紙を取り出し、ガンツ王に手渡す。
ガンツ王は、手渡された手の平に乗るほどの大きさの紙を広げて見た。
「いつも木板3枚分の報告書か!これほどコンパクトになるのか?」
「私も驚きました。木板とは比べ物にならないほど、書きやすいのです。もちろん布や革に書くのとは比べるまでもない。書きやすいので、文字も小さくて済みます。しかも、両面に書いても布のように裏にまで染みて読めないということもない」
まぁ、そっからさき、文官も武官も、紙のどこがすばらしいのかっていうのを散々言い合っていた。密書に使えそうとか、地方の領地への情報伝達が発達しそうだとか。契約書など、文書にして残しておくことができるようになるとか。キュベリアの面々は口出しはしないものの要所要所で深く頷いていた。
「間違いなく、紙によって国は発展するだろう」
ひと段落したところで、ガンツ王が総括を述べる。
そして、来るべき時が来た。
私が、生贄になるかどうかの時が。いや、ならないけどね。帰るよ。キュベリアに、じゃなくて日本に。そう、最終目的地は日本だ。だから別にグランラから日本に帰るというのもありといえばありなんだけどね。
だけど、キュベリアで出会った人の顔が次々に思い浮かんで、グランラに留まる気にはならない。
もちろん、ガンツ王やチュリ様や女将さんや王都の人たちもとても魅力的な人物には違いないよ。でも、関わった月日が違うから仕方がないよね?
「さて、この紙を生産する技術、先ほどのシャルト殿の発言からも、キュベリアに紙の作り方は伝わってないのは間違いないようだが」
ガンツ王の眼力が通常の3倍増しにまる。
先ほどのシャルトの発言?そうか。ガンツ王の言葉に、リエスの故郷の技術だと答えたあれか。確かに、秘密裏に作っていないと明言したようなものか。いわゆる言質を取られたというやつ?
本当、ガンツ王は侮れない。言葉選びに気をつけなければ。
慎重に、慎重を重ねて、この場を乗り切らなければ。
「そうだとすれば、現時点で紙の製法を知っているのは、リエス殿とグランラ王都の民ということになる」
シャルトがテーブルの下でこぶしを握り締めているのが見えた。
サマルーは相変わらず無表情ながら、口を開いた。
「ええ、そうですね。キュベリアに帰り次第、リエスに紙の製法を広めてもらおうと考えています」
当然リエスを連れて帰りますよと遠まわしに言っている。
「リエス殿だが、滞在を伸ばす気はないか?チュリももっと話がしたいと言っておる。紙を使った遊びを子供達にたくさん教えて欲しい。もちろん、使節団以上の待遇を持って迎えるが?どうだ?キュベリアが故郷というわけでもあるまい?」
あ、囲い込みの提案だ。
よい待遇という餌が鼻先にぶら下げられたよ。
でも、私の目的はあくまでも日本に帰ることだ。どんなによい待遇でも、行動の自由を奪われるのが一番困る。
紙の製法を秘匿するために、グランラ国内に留めようというのであれば、当然行動は制約されるだろう。見張りが付くかもしれない。
危ない、危ない。
「確かに、リエスにとって我がキュベリアは故郷ではありません。ですが、第二の故郷であり、キュベリアにはリエスの帰りを待つ者もおります」
サマルーが、ガンツ王に応戦する。私をキュベリアに帰らせるために頑張ってくれてる。
でも、私を待つ者?
……、お腹空いたー、うどんーって声が思い浮かんだ。
ラト、私の帰り待ってるかな?




