71 「動かざるごと山のごとし」
部屋へ入ると、すぐに寝てしまった。お酒が入ってたしね。
その分、朝はすっきりと目が覚める。
朝食前に、すっかり身支度を整えて、昨日の夜にできなかったメールチェック。
派遣会社からの仕事の案内1件。時給1200円の3ヶ月の派遣ですって。こんな案内しか来ないと思うと溜息がでる。
それから迷惑メールが2件と、携帯電話の会社から1件。新しいスマフォ発売のキャンペーンのお知らせ。あ、っそ。
私はこっちの世界に居る限り、ガラケーでがんばります!だって、スマフォってなんだかんだいってガラケーより通信費かかるんだもん。しかも、充電がもたないんだよ。金銭的に苦しいので却下!
鞄がある限り、とりあえず携帯が使えなくなっても家電話とネットがあるので携帯電話に対する依存度も低いんだけどね。
しかし、携帯電話は、鞄から出すと電波棒ゼロなんだよねぇ。鞄がなければ宝の持ち腐れ。吾妻さんは物を行き来させられないみたいだけど、電波は何処で拾ってるんだろう?
もし、鞄を失ったときのために、携帯を別で保持していたほうが良いんだろうか?電波が拾えるどこかを吾妻さんに教えてもらえれば、少なくとも日本との繋がりは保てるよね?
でも、そもそも鞄を失って携帯だけ持っている状態で吾妻さんとどうやって連絡を取るわけ?
吾妻さんを避ける方向じゃなく、吾妻さんと歩み寄っておく方がいいんじゃない?
……少なくとも、携帯以外での連絡の取り方を聞いておくべきじゃない?今回みたいに、誰かを通じて物のやり取りができるんだから、第三者でも第四者でも挟んで連絡が取れるなら、知っておくべきかもしれない。
どこにいるか聞いておくのが一番なんだろうけど……聞くだけ聞いて、こっちのこと教えないわけにはいかないよなぁ。まだ、ちょっとこっちの居所を教える勇気はない。
ごちゃごちゃ考えていると、遠慮がちにドアがノックされた。
「リエス様、起きていらっしゃいますか?」
あれ?もう朝食の時間?携帯の時計を見ると、いつもよりも2時間も早い。今日は、たまたま早起きしたから準備万端だけれど、普段なら起きてぼーっとしているような時間だ。
ドアを開けると、アジージョが立っていた。
「ああ、リエス様、もう準備が整いで?でしたら、食堂までお願いできませんか?」
「どうしたの?今日は早いよね?」
「私も、良く事情は分からないのですが、昨晩急な使者が来たようで……」
アジージョと食堂へ向かう。やっぱり、まだ朝食で呼び出されたわけではないようだ。
食堂は、大きな会社の社員食堂くらいの広さはある。その窓際の片隅に、キュベリア使節団の主要な面々が集まって机を囲んでいる。
飲み物と簡単な食事が用意されているようだ。いつもの朝食と比べればとても簡素だ。パンとサラダのみ。普段は卵料理やスープやフルーツも並んでいる。
私の姿に目を留めると、サマルーが腰を上げた。
そして、握手を求めるように手を伸ばすと、一言。
「山が、動きました」
サマルーの言葉に、他の面々が相槌を打った。
あまりに、緊張感をもったその一言に、つばを飲み込む。
「山が……動いた?」
地震でも起きましたか?
祭のすぐ後に、ガンツ王からの遣いが来たそうだ。予定を変更してできるだけ早くに会談したいと。
そのときには、必ずコレについて説明を聞かせて欲しいと、遣いの者は天灯を手に持っていた。
入手早いな!ガンツ王!
「街の者に、確認したところ、コレはリエスが広めたとか」
確認作業早いな!サマルー!
「今日、朝食後すぐに会談を申し出ました。リエスさんも参加していただけますか?」
会談早いな!シャルト!
「わかりました」
まぁでも、想定内だよ。
「それにしても、驚きました。空に浮かぶものなど、雲や鳥以外に初めてみましたから……」
いったい私は何者だ?というような目が官吏の1人から向けられる。
「そうですか?私は風に舞う枯葉や虫も空に浮かんで見えますけど?」
と、軽く返した。
「確かに、空には色々なものがありますね。コレは狼煙の一つですか?」
シャルトが、私の軽い感じに口調を合わせてくれた。
「狼煙……煙で合図を送るやつですよね。狼煙とはちょっと違いますが……まぁ、煙を捕まえて空に上がると考えれば似た様なものになるのかもしれませんね?」
「なるほど、空に上る煙を捕まえて上がっていくのか」
まぁ、もちろん違うけどね。でも、空気を暖めると、暖められた空気は冷たい空気より軽いから云々とか言っても難しいよね?そもそも、目に見えない空気という概念があるのかどうかも怪しい。それなら、煙という目に見える物で表現したほうが分かりやすいかな。
しかし、蝋燭を使うことから、煙が昇っていくことと結びつけて考えるなんて、シャルトはすごいな。
「狼煙といえば、ここ数日の間に、狼煙と思われるような不自然な煙が上がっていたと報告を受けてますが、その後何かわかりましたか?」
「いいえ、キュベリアでもグランラのものでもないそうです。暗号の形も見慣れないものだったようで、偶然狼煙のように見えた煙だったのかもしれません」
「狼煙で、暗号を送れるの?」
素朴な疑問に、サマルーが教えてくれた。モールス信号みたいな感じで、煙の長さの組み合わせで暗号を贈るらしい。また、軍事的には煙の色や短文用語などあって、短時間に色々な情報を伝えられるらしい。欠点は、夜と悪天候では使えないということだ。
あれ?ってことは、今回の天灯を狼煙と関連付けて考えたってことは、欠点である夜使えないということが補えちゃうんじゃない?天灯技術のある国は、軍事的に有利になるってこと?夜襲とかしやすくなるとか?
怖!私が持ち込んだ技術で戦局が変わるなんて……。大丈夫だよね?ちゃんと手は打ってあるし。戦争で有利不利なんてさせない!
「サマルー様、私達は無事にキュベリアに帰れますかな?」
私達が狼煙の話をしているのを、心痛な面持ちで聞いていた官吏の1人が小さな声で尋ねた。
軍事に有利に使える技術を意図せずにグランラ王都に伝えてしまった。
この技術を知る者は、キュベリアには居ないとなれば、私達を足止めすればグランラが有利になる。
どうやら、そういう発想から出た言葉だ。
「流石に、使節団を帰さないということはありえないでしょう。しかし……」
サマルーが言葉を切る。全員の視線が私に集まる。
え?え?
「私も帰りますよ!」
い、生け贄にしないでくださいよー!




