70 祭の後
皆、息を詰めて光を見つめていた。
不思議な空間。
ただ、柔らかな光が、人々の顔を映している。
その静寂は、驚きの声で破られた。
こうなることが分かっていた人も、やはり始めての光景に声を上げる。
「はぁーっ、こ、これは」
こうなることを知らされていなかったトゥロンは驚きを隠せない少しかすれた声を出した。
「きれいだね」
私の言葉にも、しばらく返事がない。
「私ね、ずっと見たかったんだ。故郷とも少し離れた場所で、コムファイってお祭があるの……」
アラフォーなめんなぁ!
『世界を歩こう講座』全12回を1回も休まず受講しましたよ!おいそれと海外旅行のできない派遣社員ですから。「海外旅行に言った気分になる」+「見所を知ることができて旅行先決定の参考になる」すばらしい講座だったよ。
そこで知ったタイのコムファイという祭。一度見たいとずーっと思っていたんだよね。でも、派遣の切れ目は暇はあっても金がないので実現しないまま。凹。
「コムファイって天灯ともいうんだよ」
空に上がった、光り輝く小さな気球。
そう、蝋燭で暖められた空気で、袋状になった灯りは空へと登っていく。
次々に空へと上がる光に、幻想的な光景が広がる。
すごいすごいと、歓声を上げて見る者。
きれいだなぁと、じっと見つめる者。
大人も子供も、始めてみる美しくて壮大な情景に心の底から感激しているようだ。
「光が……空に上がっていくなど……」
トゥロンの独り言とも、私に話しているとも取れる言葉に耳を傾けながら、満天の星空にゆらゆらと上っていく天灯を眺める。
「女神、あなたは、本当に神の遣いであろうか……もう、隠し立てすることは難しい……女神……」
いや、だから、私は女神じゃないから。神の遣いじゃないし。
まぁいいや。否定の言葉は飲み込んで、今はこの美しい情景を目に焼き付けよう。
ガンツ王も、チュリ様も見てくれたかな。
サプライズプレゼントになったかな。
準備した王都の皆も、とても満足そう。よかった。
私も、こんな素敵な祭に参加できて、大満足。
第2弾、第3弾と次々に天灯が上げられていく。およそ2時間ほどで終了。その後は、天灯の打ち上げではなく、人間の打ち上げ!
酒だーっ。酒もってこーい!な人たちで街中大騒ぎ。
今回の立役者の1人として、あちこちから私に声がかかった。
酔っ払いの相手は任せて!アラフォーなめんなぁ!散々、会社の飲み会につき合わされたもんだ。上司の愚痴を聞かされ、セクハラにも耐え、それでも派遣社員から正社員へと昇格できなかったとか、悲しい思い出。凹。
いやいや、今日は陽気な酔っ払いばかりだから、全然苦になりません。
しかも「飲め、飲め」攻撃も女将さんとトゥロンが程よく回避してくれるんで、気持ちの良いお酒をいただきました。むふっ。
帰りは、馬の揺れが不安だったのと、多少酔いを醒ましたかったので徒歩。トゥロンも馬を引いて歩いて付き合ってくれた。
「女神、これを」
トゥロンが手渡してくれたのは、お守りくらいの大きさの小さな巾着袋だった。
「女神が預けた荷物は、合言葉を知る人物にちゃんと渡ったようです。その人が、お礼にと女神に渡して欲しいと」
「ありがとう」
うわーっ。酔いが醒めた。
正直、すっかり荷物のことなんて忘れてたわ。吾妻さんへの大切な荷物なのに。30万(仮)もする荷物なのに!
ちゃんと、その荷物の行く末を確認してくれたなんて、トゥロンはなんて気が利くんでしょう!
小さな巾着はポケットに入れる。中に何か入ってるみたいだけど、月明かりではどうせ良く見えないから後で確かめることにする。もしかすると、オーパーツの類や、日本語で書かれた手紙だったりしてもまずいし、人目の無いところで見たほうが無難だよね?
その後、祭のことを色々話をした。
迎賓館が近づくに連れて、トゥロンの口数が少なくなっていく。
「許してください……」
「え?」
唐突にトゥロンの口から出た謝罪の言葉。許すもなにも、感謝することはあっても、恨むようなことなんて何もないのに。
訳が分からなくて、でも、お酒の席で何かあったのか必死で思い出そうとするんだけど、やっぱり分からなくて、沈黙。
沈黙のまま、2人と1頭が歩みを進める。月明かりに照らされた静かな道。街の中心部では今も人々が酒を酌み交わし祭の余韻を味わっているのだろうか。とても、さっきまでそんな中に居たとは思えないような静けさ。
「故郷に、母と妹がいるんです」
トゥロンが小さな声で言葉を発する。
「そうなんだ、トゥロンには妹がいるんだね。私にもいるよ」
何を許せばいいのか、聞けないまま会話を続ける。
それからお互い妹との思い出話をしながら歩いた。
月の光が、私達の影を映す。とても頼りなげな淡い影。
ふと、トゥロンが消えそうな気がして顔を見る。
辛そうな、悲しそうな、それでいて何かを愛おしむような表情。
月の光がそう見せているのかな。
この世界には3つの月がある。
3つの月……この世界が異世界だと認識させた月。
数は違うけれど、やっぱり月は神秘的だと感じる。
ねぇ、トゥロン、私はすぐにでも日本に帰りたいと思っているんだよ。それは嘘じゃない。
嘘じゃないはずなのに……
みんなと別れるのがいやなんだ。
トゥロンがどこかへ行ってしまいそうと感じて悲しくなるんだ。変でしょう?
わがままだね。
私の方こそ、突然姿を消しても許してね。
今回いつもより5行ほど短いです。スイマセン




