69 祭の始まりの鐘
祝賀会が終り、迎賓館に戻るとシャルトやサマルーは他の使節団の官吏を集めて会議を始めた。
私は、予定通り街へ出るために、侍女風の服に着替えメイクを落とす。
吾妻さんへの荷物も忘れずに抱えて、北門へ向かうと声がかかった。
「荷物をお持ちしましょうか?女神よ」
この声は、振り返るまでもなくトゥロンだ。
私の返事を聞くまでもなく、トゥロンは女性が持つには少し大きめの、反物の荷物を持ってくれた。こういう行動がいちいちスマートなんだよねぇ。で、ついお願いしちゃうわけだよ。甘えべたな私でさえ。
「実は、街まで届けなくちゃいけないんだけど……」
まぁ流石に、間接的なお願いの言葉になっちゃうけど。甘え上手な娘がうらやましい!でも、上目遣いで「おねがぁい」と猫なで声が許されるのは20代前半までだろう。
「是非、お供を」
「いつもありがとう。本当に感謝してます。そうだ、今日は夕飯をご馳走させて!」
人の厚意に甘えたままっていうのは、後味が悪い。せめて、お礼にご飯くらい……
「お気遣いなく女神よ。トゥロンめは、女神を見ているだけで満足なのです。今回も、街の人達と何か計画があるのでしょう?それをご一緒できれば、この上なく楽しいときが過ごせますゆえ。どうぞ、この悪趣味をお許しを!」
気を遣わせないようにという、気の遣い方はトゥロンの方が上手だわ。
「では、お願いします」
トゥロンの馬に乗り、街への道を進む。
「この荷物はどちらへお運びすればよろしいのですか?」
トゥロンに女将さんのお店まで運んでもらえれば、万が一吾妻さんがお店周辺で見張っていても見つからないんじゃない?
「えーっと、実はお店の給仕の娘さんに渡して欲しいんです。その荷物を運んでくれる人が店まで取りに来てくれることになっていて」
「分かりました。このトゥロンめ、必ずお届けいたしましょう」
「それから、給仕の娘さんに、荷物を取りに来た人に『YAMA』と言ってもらいたいの。相手が『KAWA』と答えたらその人に渡すように伝えてもらえるかな?」
トゥロンが、聞きなれない言葉に何度か単語を口にする。
「YAMA、KAWA……ヤマ、カゥワ……」
「そう、ヤマと言ったらカワ。私の故郷では有名な合言葉なんです」
トゥロンが興味深そうな顔をした。
「へぇ、女神の故郷……この荷物は故郷の人へのお届け物というわけですね。それにしても、合言葉とは面白いですね。他にもあるんですか?」
「えーっと、何だろう?ヤマ、カワほど有名な合言葉なんてあったかなぁ?サクラ、サクとか?」
「サクラ、サクですか?」
「あはは、ゴメン、合言葉とは違うか。サクラっていう花があってね『サク』っていうのは咲くことで、サクラサクで合格を意味するの。成功するってことね。で、失敗したことはサクラ、チルって言うの。『チル』は散るってこと」
「なるほど、直接成功や失敗を伝えるのではなく、花が咲いたか散ったかと言葉を変えて伝えるのですね。なんとも風流ですね」
うん。そうだよね。合否の結果を、ちょうど春の花である桜の花で伝えるとか、誰が考えたんだろう。
今はネットで合否調べればすぐだとか、ちょっと情緒がないよねー。
ああ、そうだ。郵送で合否が送られてくるものもあった。「残念ながら今回は」っていう、履歴書と一緒に送られてくるアレ。もうちょっと会社ごとに個性的な情緒あふれる文面であれば、少しは慰めになるのだろうか?凹
街に入り、トゥロンに荷物を頼むと私はそのまま広場へ向かった。
広場には女将さんがちょうど居た。
「何か手伝うことありますか?」
「ああ、ありがとう。作業の手伝いはなんとか手が足りているんだけれど、街の外から来た人達、何とかならないかねぇ?紙がものめずらしいのか、何だ何だと寄ってきて作業がはかどらなくってさ」
言われて見れば、懸命に作業を続けている人たちと、それを見て邪魔している人たちがいる。
んー、どうしようかなぁ?
「女将さん、余った紙はありますか?」
「ああ、あるよ、あるよ。そこに積んであるの、使っておくれ」
広場の西側の店の前に、紙が積まれている。かなりの枚数だ。紙作り張り切ったんだなー。これだけあればいいかな?
紙を一枚手にすると、小さい頃によく作った紙飛行機を折る。それをぴゅーっと飛ばす。
うん、昔取った杵柄だね!良く飛ぶ紙飛行機を研究し、飛ばし方を練習した腕はまだなまっちゃいない。
「おお?」
「なんだぁ?」
「鳥、じゃないな、何か飛んでったぞ?」
何人かが紙飛行機に気がついたようで空を見上げる。すると、つられて他の人も首を上げる。
そこに、第2弾、第3弾の紙飛行機を飛ばす。目いっぱい注目を集めたところで、できる限り大きな声を出す。
「王都へお越しの皆さん、王都土産に紙飛行機はいかがですか?」
人々が集まり始める。女将さんがありがとうとジェスチャーをして作業をしていた人たちに声をかけてどこかへ移動していった。
集まった人に紙飛行機の作り方を説明する。興味を持った人が、紙を手にして折り始める。
「女神……紙というのも、あなたの故郷の物ですか……」
人々の群れの向こうで、足元に落ちた紙飛行機をトゥロンが拾い上げた。
「……一緒に逃げることができれば……」
意味不明の呟きが私の耳に届くことはなかった。
日が暮れるころには、すっかり準備が整った。
私とトゥロンもそれぞれ火種を持ち、合図を待っている。同じように火種をもった街の人がずらりと並んでいる。緊張した表情。
王城では、侍女たちが王様やお后様たちに、窓から街を見るように促しているころだろうか。
そうなのだ。お城にもお祭の協力者は何人もいて、王様やお后様にサプライズするために秘密を守ったり色々してくれている。街の治安を守る警備隊の人たちももちろん協力してくれる。
合図の鐘が鳴った。
一斉に火種から、蝋燭に火を付ける。
それと同時に、街の明かりが次々と消される。営業しているお店は、光が漏れないようにドアや窓が閉められる。
真っ暗な王都に、和紙のような紙に包まれた優しい蝋燭の明かりが無数に揺れる。
綺麗。綺麗。綺麗。
日本で見た灯篭の祭やちょうちん祭も綺麗だったけれど、それとは比べ物にならないくらいの美しさ。街の暗さが違うからだろうか?
紙を作るところから皆で協力して準備してきたのを知っているからだろうか?
本番はまだこれからだけど、なんだか涙がにじんだ。
あ、アラフォーなめんなぁ。年々涙もろくなるんだよ……30代になれば分かるから……若者よ。




