286 船が変える世界
「新しく王になった私が頼りないと言われてるようなものだな。だが、それは事実だから仕方がない」
「違うよ、トゥロン……。トゥロンが頼りないと思っているわけじゃないよ……。だから、お金を貸して口を出すつもりもないし、お金を恵んでやって口を出すつもりもない。口を出さずに、トゥロンに任せるつもりだから、船を買い取るという形で貸し借りなしでお金を渡そうとしてるの」
トゥロンがより肩をすくめた。
「かなわないですね……。信用を示すことで、早急に国を立て直せと暗に言っているのか。流石大国の長だ」
「あとね、他国の人を助けるためにお金を出すことを良しとしない人もたくさんいるでしょう?だから、船の代金という形で国内には納得させるっていう意味合いもあるって」
他国を助けるためにお金を出すのに反対する人なら、他の国だけが優秀な船を持つことにも嫌な顔をするだろう。
だからこそ、船を買うということでならお金は出るはずだ。
「ただ、問題が一つあって、船の代金は、キュベリア、グランラ、ピッチェ、アウナルスで話し合い、買い取れる金額として一番低い値段に合わせることになる。それでもいいのであればと。極端に買いたたくような金額にならないように話し合うが、任せてくれるだろうかと」
いくらになるかわからないけど……いきなり100万の車を今だけ大サービス4割引きにするから買えとか言われたって、お金がなければ買えないもんね。それを、他のみんなも50台買うんだから、お前のノルマも50台だ。3千万用意しろとか、無理無理。
カーベルさんの顔をトゥロンが見る。
そして、二人が目くばせののち、私に頷いて見せた。
「金額など……もともと、ウォルフからの賠償金などあてにしていなかったのです。銅貨1枚であろうと、どれほどの価値があるか……」
ん?銅貨1枚に価値?
さすがに、銅貨1枚じゃぁ……価値があるのは、船のほうなんじゃないのかな?
という疑問がそのまま顔に出ていたのか、カーベルさんがふっと微笑んだ。
「その銅貨1枚は、アウナルスやグランラやピッチェやキュベリアが、我々トルニープのために出してくださるお金でしょう。女神様にはその意味するところ、価値は理解できませんか?」
他国のために出すお金か。
日本は後進国の援助だとか国連を通じてだとか隣国だとか、いろんな国にお金を出している……。
それこそ、日本を嫌っている国にさえ、お金を出しているのだ。
それを聞いたら逆にカーベルさんはどんな反応を示すだろうか?
女神の故郷は慈悲深い神々が住まわるとかなんとか言いだしたりして……。慈悲というかまぁ政治的ないろいろがあってのことなんだけどねぇ。
一方、戦争が当たり前にあるこの世界。
戦争は、他国から領土や資源やそのほかのものを奪うため。
……奪い合う世界で、与え合うお金……。
なるほど。金額ではない、世界が変わる1枚なのかも。
いいえ、違う。たった1枚の銅貨で世界が変わるわけではない。
「吾妻さん……アズーマ王は、船を同じ数にするのは戦争抑止のためだとは実は言ってません……。船が世界を変える……と考えています。海路が確立すれば、国同士の距離が近くなる。世界が狭くなる」
カーベルさんの目が見開かれた。
「世界が、狭くなる?」
こくんと頷く。
「陸路で何日もかかっていた場所へ、その何倍も短い時間で移動できる。人も物の行き来が増える。国境にある山脈も渓谷も荒れ狂う川も超えることなく交流できる。見知らぬ相手が、隣人になる」
そうだ。
今でこそ、遠くへの旅行は飛行機が主流になったけれど、その前は船が主な移動手段だった。
幸いにして、今この大陸にある5つの国は、すべて海に面している。船を使えば、馬が希少な存在のこの世界でも、人々が遠くへ行くのが容易になるはずだ。
貿易も盛んになるはずだ。
ウォルフの船を手に入れれば、それを見本に造船技術も向上するだろう。そうすればますます海路を使った交流も増えるはず。
「なるほど。隣人か……。隣人とは手を取り合い助け合わないとな……」
うん。
この世界でもそういう考えはある。
というか、助け合わないと生きていくのがむつかしい世界だ。
物々交換など珍しいことではない。
お互いに子供の面倒をみたり、病気の時は食事を運んだり……。遠くの親戚よりも近くの他人ってやつだ。
「確かに、船が世界の……国と国とのあり方を変えるのかもしれない……」
……。
もちろん、その考えはそうだとは思う。だけど、一つだけ私は違うと思っている。
「船は、ただの道具だからね。私は、この世界を変えるのはトゥロンやカーベルさんたちだと思う」
二人の目を見てから笑って見せた。
「アズーマ王もそうだけど、グランラもピッチェもキュベリアも、平和を望む人間がトップに立ってる。だから、皆が協力してこの世界を変えることができるんだと思う。長く平和が続く世界に……みんなが力を合わせれば、きっとできるよ」
トゥロンが私の手を取る。
「女神よ……そうですね、確かにそうだ……。道具を与えられても使いこなせなければならないのですね……」
「そうですね。陛下。5国が足並みそろえて平和へ向いているこの奇跡を無駄にはできません」
トゥロンがカーベルさんの言葉に、私の手を握る力が上がった。
「女神よ……私めはおろかですね。女神の役割がウォルフを撃退することだとか、トルニープの……私めを助けるためだとか、少しでも考えていたなんて……。女神は……、世界を変えるために……」
違うって。
そんなたいそうな役割なんてない。
世界を変える力なんてないし。吾妻さんのほうがよっぽどこの世界を変えている。
……ラトだって……。同盟を組もうと動き始めたのはラトだ。
これからは、トゥロンもきっと活躍するはず……。
「私は、女神じゃなくて、ただの人だよ。役割なんてない。ある日突然故郷から知らない場所へ……この大陸に飛ばされただけ。たくさんの人に助けられた。マーサさんたち街の人たちに、ラトにもトゥロンにも。知り合いもいない、言葉もわからないこの世界で……」
懐かしい。
マーサさんたちは元気だろうか。
シャルトたちは?
サマルーや銀の羽座などの一座のみんなは……。
「助けてくれた人たちを、私も助けたかった、それだけだよ?役割だからじゃないよ。助けてくれた人たち、大切な人たちのために、ただ、私は、私ができることをしてきただけ……」