287 女神からのアドバイス
ふと「グアルマキート戦記」の久志を思い出す。久志……あれは吾妻さん。
吾妻さんも、言葉も分からないこの世界で助けられた。そして、助けてくれた人たちを助けたい一心で……。自分にできることを探し、そして決意したんだ。逃げずに、戦争の渦中に身を置くことを。
その吾妻さんが、西の国々から争いをなくすために何年もかけて頑張ってくれたから……。だから、今がある。
もちろん吾妻さんだけじゃない。
ユータさんが少しだけ出会ったころのラトの話を教えてくれた。
戦争が続き、ラトの両親はラトに寂しい思いをさせていたこと。ラトは、父親が自分より戦争が好きなのだと歪んだ思いに囚われていたこと。
ユータさんは、まだ片言のこちらの言葉で「陛下はラトが好きだから、ラトを守るために戦争をしているんだよ。戦争が好きなわけじゃないよ」と伝えようとしたらしい。
だけれど、どうも上手く伝えられなかったって言っていた。今思えば、「ラトと陛下は好きなので、戦争を守っている」みたいな意味になったらしい。だけど、逆にそれがよかったって。
言いたいことがよくわからなかったからこそ、ラトはその言葉の意味を知ろうと考えた。そして、自分で陛下が自分たちを守るために戦っていると気が付いたらしい。
……それからは、ラトは勤勉に学んだ。将来父親を助けるために。戦争なんかしなくてもよくなるように。
ラトの父親とラトが、頑張ったから……今のキュベリアもある。
グランラだってそうだ。
あの街並みを思い出す。災害時に炊き出しができるようにと考えられた広場。飢えないようにといざというときのために実のなる植物ばかり植えられた緑地。何代も前の王から国民のことを考えての施政していた。
トゥロンの兄……前王は、子供と妻を失ったことで狂ってしまったけれど……。カーベルさんのような考えを持つ宰相を使っていたのだ。狂う前までは国民生活を脅かすようなことはしていなかったんじゃないかな。だって、キュベリアはここ何年かは戦争がないって言ってた。トルニープが攻めてきたりもしてないってことだよね。
それから、トゥロン……。
トゥロンも、吾妻さんのように辛い決断をした。実の兄を手にかけ革命を起こすという……。
「この奇跡的な今があるのは、長い時間をかけて、皆が下地を作ったからだよ。平和を望むみんなが……。国を思う王たちが……。過去の賢人たちが……。今という時代に実を結ぼうとしてる……。トゥロン、どうか、無駄にしないで。この大陸に新しい時代を作り上げて!」
トゥロンが片膝をついて、私の顔を見上げる。
「女神よ……。あなたには教えられることばかりです。王などという地位につき、グランラのアズーマ王のように立派に国を治められるだろうかとプレッシャーに感じ……不安に思っている場合ではありませんね。女神の言う通りです。私めを助けてくれた皆のために。大切な人々のために。ただ、私にできることをすればいい」
……どう返事をしたらいいのだろう。
王というものはこうあるべきなんて、私には分からない。
だけど、私と王の違いは分かる。王は人の上に立つ人間だ。
上に立つ人間は……。
「……えーっと、働きすぎないでね?上が働きすぎると部下も休めないからね?」
ぷっ。
と、カーベルさんが噴出した。
トゥロンは私の手の甲にキスを落とす。
え?あれ?
「新しい時代を作り上げろと言いながらも、働きすぎるなとは!女神よ!」
「女神様のご神託、心に留め励みましょう。そうですね、気負いすぎて働きすぎはよくありません。疲れた体では物事はうまく運びませんからな!では、少しお茶を飲む時間を取りましょうか!」
カーベルさんがそう言って、お茶を運ぶように部屋の入口に立っていた兵に指示を出した。
侍女やらメイドなどの姿はない。戦争が始まるかもしれないということで、港町に移動してきたのは兵ばかりだ。
運ばれてきた少し甘い匂いのするお茶を飲んで一息つく。
……おいしい。
ラトのことが心配で、食べ物の味なんて全然分からなかったのに。少し落ち着いた。
できることをしただけか……。今も、できることをしていこう。心配ばかりで何もしないというのでは……きっと駄目だ。
メモを見ながら、吾妻さんからの伝言の続きを話す。
どこまで話をしたかな?
船は、3隻用意するそうだ。ガレー船。ウォルフのガレオン船に比べてスピードは出ないし、遠路には向かない。
たくさんのオールを漕いで進む船。なんか紀元前何世紀とか奴隷を船底に閉じ込めて漕がせていたとかそんなイメージの舟だ。
人力のため、人も人のための食糧も積み込まなければならないので、遠くまでいけないし、積み荷もあまり詰めない。奴隷制度が無くなってからは漕ぎ手を確保するのも大変らしい。
そのため、ガレー船による貿易はほとんど行われていない。そもそも、大型の舟はこの大陸全土でも数十あるかないからしい。
で、船の漕ぎ手と最低限の食糧を積み込んで出発する。交渉に向かう要人はのせるが、要人の使用人を乗せる余裕はない。
料理人すら乗せない。漕ぎ手と兼任できる人間のみ乗せる。要人も漕ぎ手となれるものが相応しいとまで吾妻さんは言っている。
一刻も早くウォルフに着くために、漕ぎ手は1~2時間ごとに3チームが交代で漕ぐそうだ。漕げない無駄な人間はできるだけ乗せたくないと。
食料に関しても、調理不要な物。軽くてコンパクトな物。……現代人としては常識なんだけど「酒よりもレモン」をと書いてある。
まぁ、水は腐るので、酒も水代わりにある程度必要なんだけどね。レモンはビタミン不足の脚気を防ぐためだろうけど、そんなにウォルフまで日数かかるんだっけ?そもそも、ウォルフの場所は分かるの?
そのあたりは、ウォルフの船にスパイとして乗り込んだ人が狼煙をあげるかなんかして場所を教えるのかな?
とにかく、吾妻さんから言われた色々準備してほしい物や何かも伝える。
「分かりました。さっそく準備にとりかかります」
カーベルさんが部屋を出ていく。
ギレンの身の回りでの証拠や証人あつめ。
船に積み込む荷の準備。
船に乗り込む人材の選定。
同盟国への連絡連携。
もちろん、このほかにもトルニープはまだ革命が起きたばかりで混乱が続いている。そこにウォルフが攻めてくるというので、はちゃめちゃな状態だ。ギレンについていた地方貴族たちなど、今頃財産を手に他国への亡命を図っているかもしれない。そういった輩の財産没収などすることは山のようにあるだろう。
あ、そうだ……。
「これは王家の秘密にしてほしいんですけど……」
トゥロンに声を潜めて伝える。まぁ、誰も盗み聞きなんてしてないだろうけど。秘密というのは大声で話にくい。
モヅ村の協力の話をする。
秘密を守れる秘密の村の活躍。
まだ、秘密にしておかなければならない。大量の気球など存在しないとウォルフに知られるわけにはかないのだから。
それから、安全面が不安だから教えたくはなかったけれど、でも誰かがもっと危険な方法で気球を作ろうとしないとも限らないので、気球についても教えた。……すごく簡単に。大きな天灯みたいなものだと。紙と投網で作った。港町の女性たちが頑張って作ってくれたから、作り方は覚えていると思う……と。
私の場合はガスバーナーというオーパーツを使ったけれど。熱気球は火の管理が難しい。
ガス気球という手もあるけれど、密度の高い繊維が必要となる。……ガスは、石炭ガスとか石炭と水があれば作ることができたんだよね。とはいえ、ガスは取り扱いが危険かな……。水素爆弾とかに発展しても怖いし。
そもそも、紙は日本の和紙を使ったからなぁ。和紙ほど強度のある紙をまず作らなければならないし。ああ、絹織物で作ることもできるんだっけ?
……まぁ、とにかく。ウォルフに脅しをかけたけど、実際は気球空軍なんて難しいからそれを知られないようにと。
ちょうど、話が終わるころに屋敷の入り口の方で騒ぎが起こった。




