285 吾妻さんの考え
少し気持ちが落ち着いたころ、カーベルさんが戻ってきた。
もしかすると、私とトゥロンの様子を見て戻るタイミングを図ってくれたのかもしれない。
……っていうか、完全にそうだろうな。
カーベルさんに、吾妻さんからの伝言の続きを伝える。
ウォルフへの賠償金の請求額や、同盟国での配分割合などの案。
「実際に、ウォルフの国力がどの程度なのかわからないので請求額が妥当なのかどうかはわからないと言っていましたが、あれだけの船団を派遣できること、兵士たちの健康そうな様子から、食うに困るような状態ではないことから判断したそうです」
カーベルさんはメモを取りながらも小さく頷いている。
「さすがというべきか。アウナルス王アズーマの判断力はすごいですな。ですが、この金額を素直に差し出すとは到底思えない。国土が隣り合っていれば、お金の代わりに領土を手に入れることもできるが……海を隔てた遠い国。領土をもらったからと、新たな戦争の火種にしかならない気がする」
確かにね。
今のこの世界では、通信手段や交通手段が限られてる。たった1日の距離でも日本に暮らしていた時よりもずいぶん遠く感じるんだもん。船で何日もかかる場所に領土をもらったって、実際に治める人間と本土と連絡を取るだけでも大変だ。結局、別の国のようになるのだろう。それでも、領土をめぐって争いが起きれば、本土が無視することもできない。
本土から援軍を派遣しようとしても……と、素人の私が考えただけでも、なんか大変そうというのはわかる。
「ええ、アズーマ王も同じ考えのようです。お金を用意できないから国土の一部をと言い出す可能性があると。だったら、初めから賠償金を払えと言わないのも手だと」
私の言葉に、カーベルさんはメモをする手を止めて私の顔を見た。
「恐怖を忘れないうちに賠償請求をしろという話じゃありませんでしたか?」
そうなのだ。
賠償請求しろという話だ。それなのに、要求しても得られないかもしれないから請求するなじゃぁ、まったくもって矛盾している。
「それが、用意できないと言えなくて、運搬の心配もしなくてよい品をウォルフから買い取るだけで手を打てばいいんじゃないかと……」
すぐにカーベルさんは何のことかわかったようで、がたりと椅子を鳴らして立ち上がった。
「そういう事ですか!」
よく、あれだけでわかるなぁと思ってトゥロンを見る。
トゥロンがわからないとカーベルに説明を求めれば、カーベルさんはにやっと笑った。
「すでに、前王がお金を払っている。あとは商品を受け取るだけだ。ウォルフは拒否することはできないだろう。ギレンが全王をだますために残した書類が探せば出てくるかもしれない」
おお、そうだ。
カーベルさんには説明しなくてもすべてわかっているようだ。
ギレンなどの証人の口封じが行われる可能性があることも。
たとえ証人がいなくとも、証拠品が用意できれば何とかなるかもしれないことも。
「そういうことか……」
トゥロンも理解したところで、吾妻さんからの提案の続きを話す。
「ギレンは、もともとアウナルスに戦争を仕掛けるための船をウォルフから買うためにと、全王をそそのかして増税した金をウォルフに流していました。もしかすると、ウォルフからも金銭受け取りや船の受け渡しに関する密約書類が全王に渡されていた可能性もあります。見つかればラッキーですが、見つからなければ……」
見つかれば、その証拠書類を突き付けて、書類通りに船を渡してもらうように要求するだけ。
見つからなければ、空軍によりいつでもウォルフなどつぶせると脅すだけ。
「ああ、どちらにしても、船を渡すように要求するのか。この間こちらによこした250隻を受け取ればいいのか」
トゥロンがにやりと笑った。
「いえ、トゥロン様、賠償金額から考えれば、100隻~150隻というのが相場になろうかと」
カーベルさんがいつの間にか船一台当たりの価値を割り出し計算している。
「賠償金じゃない、こちらが長年支払った代金に見合った船を渡してもらうだけだ。書類には何隻と書かれているだろうな?」
トゥロンがいたずらっこのように楽しそうな表情を見せる。
うん、そうだね。ギレンは調子にのって、どうせ渡す気などないから割り増しした船の数を書いた書類を用意しちゃってるかもしれないね……。
「アズーマ王も、トルニープ沿岸で見た数をそのまま要求すればいいと言っています。不都合があれば、向こうは交渉して減らそうとするだろうと」
なんか、そういう交渉術あったよね。
初めに想定した数よりもすごく多くから交渉をスタートして、譲歩したふりをして数を目的の数確保するみたいななんか。
通販番組とかにもあるよね。通常価格10万円を、今だけ3万円みたいな。
もともと3万円くらいの価値しかないものでも……つい「おお!」って思っちゃうやつ……。
「それで、得た船を貢献度に応じて同盟国で分けるというわけですね」
カーベルさんがつぶやいた。
「いいえ、アズーマ王は貢献度で船を分ける代わりに、割引率を変えようと」
「割引?」
「ええ。アウナルスは、トルニープから船を買い取ります。賠償金分配は、船の代金の”割引”だけでよいと」
「それは、どういう?」
さすがのカーベルさんも、これは理解が追い付かなかったようだ。
「例えば、250隻の船をトルニープが手に入れたとして、それを5つの国で等分して所有すれば1国50隻」
「等分?貢献度で差をつけないと?」
「貢献度で言えば、トルニープ、キュベリア、アウナルスと続き、後の2国はまだ同盟を結ぶことに合意したまで。ほとんど動いてはいない。それなので、船の価格を貢献度で変える。キュベリアが4割の値段。アウナルスが6割の値段で購入でき、あとは8割の値段。それぞれ、割り引かれた6割、4割、2割が、賠償金分配に相当するということになる。
「賠償金額分の船を渡すのではなく、船を割引価格で売るなど……」
あまりにも突飛な発想だったためか、カーベルさんがメモを取りながらもうなり始めた。
「理由は二つ。どの国も、同じ数の船を持つことができる」
トゥロンが頷いた。
「そうか。貢献度に応じて船を渡せば、数に差が出る。すべての国で同じだけの船団を持てば、いらぬ争いを避けることができる」
その通りだ。船をどこかの国だけ大量に手に入れれば、第二のウォルフが誕生する可能性がある。
海から攻める。
もし、大陸のどの国かがことを起こせば、海からと陸からとの挟み撃ちができる。
船を平等に分けることで、そういう馬鹿な考えも抑える効果があるだろう。
「もう一つの理由は」
これを聞いた時、吾妻さんの考えの深さに感嘆した。
「トルニープに現金が渡る」
そう。船を買い取るという形にすることで、トルニープにお金を渡すことができる。
「そ、それはまさか……」
カーベルさんも驚いたようだ。
「自国さえ良ければ満足できないのがアズーマ王です。苦しんでいる人々がいれば、その国を滅ぼしてでもそこに住む人々を幸せにしてあげたいと。そんなアズーマ王ですから、前王時代の悪政で苦しんでいるトルニープの民を助けるために支援の手を伸ばしたいと思っているようです」
トゥロンが奥歯をかみしめる。




