236 私は何者か
「行方不明になった原因も分かりません。西のアウナルスが、東側諸国へ攻め入るための策略の一つだとの噂もあります。一方で、トルニープが攫ったのではないかという見方もあります」
え?
トルニープがということは、エロキモ陛下やギレンが策略を巡らせたってこと?
ん?そんなことあるかな?
キュベリアを、アウナルスとの戦争に巻き込むため?ああ、そう考えればあり得なくはないよね。
「都合よく、トルニープの王妹が姿を消したという話ですが、トルニープの自作自演ではないかと……」
「あ、それは」
ランちゃんのことは、トルニープの自作自演じゃなくて、私が犯人です。
ああ、私の暴走が、あちこちで憶測という名の波紋を及ぼしている。ど、どうしよう……。
まぁいいや。もうすぐ革命が起きて、ランちゃんが無事だということも表に出るし。
「そこで、我々もトルニープで情報収集の命を受けたのですが、怪しまれず潜入する手段を模索していたのです」
我々?チョビンとサニーネさん?
サニーネさんに顔を向けると、違う違うと首を横にふった。
「官吏や武官等40名ほどを率いています。平民に紛れ込んでいたので気が付きませんでしたか?」
そうなんだ。チョビンさん、仕事で来ていたんだ。私は、すっかりサニーネさんの追っかけで来ていたと思ったから、全っ然気がつかなかったよ。
追っかけじゃないんだ。仕事だたんだ。……。意外すぎてもう一度言ってしまったが、チョビンも官吏としては有能なんだよね?
「馬車付きの旅の一座が国境を越えるのであれば、それに紛れて我々もトルニープに渡れるのではないかというところまでは考えたのです。が、今の情勢で旅の一座が公演のためトルニープに訪れるのは逆に不自然になるのではと思っていたところで……」
あれだけ貧している国で公演するメリットなんて確かにないもんねぇ。普通の一座なら寄り付かない。
「祭に出演ということならば、怪しまれないと」
「それにしても40名は多すぎませんか?」
ずらずらと人が連なっては怪しくないか?
ある者は馬車に身を隠し、またある者は荷運びのふり。そしてまたある者は追っかけのファンとして国境を越えるつもりらしい。
正式な祭への出演依頼とかなんかは、カーベルさんに確認して連絡することになった。
それから、衣装の仕立てを頼んで、また会う約束をして街を後にする。
「リエスさんは、何者ですか?」
トルニープへの帰り道、オージェ君の言葉に首を傾げる。
「ボスの気にかける人物だけあって、色々と素晴らしい人でることは知っています。ですが……チョビンさんが言っていた”リエス”というのは、リエスさんですよね?グランラへ同行したという……。キュベリア国王の婚約者行方不明という国家秘密を話せるような信用をキュベリアから得ているとか……、何者なんですか?」
オージェ君はいつもは見せないキツイ表情をしている。怒っている?いや、違う。
この顔は、私を見定めようと緊張している顔だ。
私がいったい何者なのか。
……。
私は佐藤梨絵だ。この世界から見れば「異世界人」と言える。
だが、その事実が何だというんだろう?オージェ君の欲している答えはそうじゃないはずだ。
「私は……」
この世界に来てから何があったのかを話せばいいのだろうか。
ただの庶民という立場ながら、使節団の一員としてピッチェやグランラへ赴いたこと……。王妹を逃がし、私地震もトルニープに捕らえられ逃げたこと。
今は、ルイス、聖女、リエスという顔を見せているけれど、他に少年とか女神とかリーとか呼ばれていて……。
でも、本当は梨絵って……呼ばれたいってこと……。
「故郷を遠く離れた私のことを、ボスだけが理解してくれる……。ボス意外、私を理解できる人はいない……」
吾妻さんが、こちらの世界で何と名乗っているのかは知らない。でも、「アズマ」なのか「アヅマ」なのか、「アッズマ」なのかもしくは「アドゥーマ」なのかわからないけど……。
漢字で「吾妻」だと呼ぶ人はいないだろう。
「私は、ボスの敵にはならない。ボスを敵にすることは、私を否定することだから……」
もう私は吾妻さんが悪い人だって、これっぽっちも思ってない。だから、敵対することはないよ。
だけどもし、 吾妻さんが私に害を成す人物だったら……それでも、敵対することはない。
私は、全力で吾妻さんから逃げる。だから……
「誓って、どんな状況になろうとも、私は吾妻さんの敵にはならないよ」
私の目を見て、言葉を聞いて、オージェ君は深く頷いた。
私が何者かという問いの答えになっていない。けれど、オージェ君は納得してくれたようで、それから先言葉は無かった。
私が何者であるのかということは、オージェ君にはさほど重要ではないのだろう。
いや、もしかして吾妻さんの正体を隠しているのに、私の正体を執拗に暴くということに抵抗感があるのかな?
あれ、でも、ちょっと待ってよ?
もし吾妻さんがアウナルスの上層部の人間で、戦争とかにも関わる立場だったとして、戦争になったらどうなるの?
キュベリアで、私の大切な人たちを傷つけるのであれば、私は吾妻さんの敵になっちゃうかな?
大丈夫だよね?吾妻さんこそ、私の敵にならないよね?
トルニープの王都に戻り、オージェくんにはエボンさんと当日の屋台の調査や食堂の調査と、炊き出しの必要量の算出と、炊き出しの場所の確保などの調整をお願いした。
いくら、屋台が出て楽しめるようにしてあっても、手に入らない人や、手に入れられない人もいる。空腹に匂いだけ嗅がされるなんて拷問意外の何物でもない。
部屋に戻って、携帯チェック。
ユータさんからメールが届いていた。
『これからタクシーに乗ります。運転手さんの話では1時間弱で到着するそうです』
というメールが、ほぼ1時間前に届いてる。
おお、おお、おお、ついにユータさんが来る!
初対面だ!
うわー、うわー、うわー、緊張するよ。
あ、ちょっとは化粧とかしておいた方がいいかな?
ほら、日本に帰ったらまた会うかもしれないしさ。最低限の礼儀っていうか、身だしなみっていうか……。かの有名な漫画家さんも自書のエッセイで「25歳を過ぎたら化粧はマナー」って言ってたし。まだ、「35歳を過ぎたら化粧は不要」とか見たことないしね?
ああ、こっちの世界じゃぁ、人と会うのにもスッピンでも全然平気なんだけどなぁ。
今は日本にいるユータさんは、日本の人で、日本ではいい年した女がスッピンっていうのは……なんていうか、女を捨てたっていう代名詞みたいなもんで。
第一印象が大事と言われる初対面の人に、スッピンで会うなんて、社会人としても失格というかなんというか……。
面倒くさいが恥ずかしいを上回る……ときも確かにあるよね?化粧はしたら、落とさないとだめだし。
だけど、そんなとくには、眼鏡+眉+マスクっていう強い味方があるわけで。……花粉の季節でもなく、風邪も引いてなくて、室内でマスクって変だよね?
っていうか、異世界でマスクに眼鏡は怪しすぎるだろう!許されるレベルを超えているだろう!




