237 髭剃りとメイク
10分メイクをしました。頑張り過ぎないけど、ある一点については非常に頑張ったメイク。
非常に頑張ったのは、アイメイクじゃないよ。素肌っぽく見えるファンデです。ええ。一番手間がかかるのは「ナチュラルじゃないのにナチュラルメイク」
ピンポーン。
うおおおっ、き、き、き、来た!
ユータさんが、私の部屋に来た!
化粧の途中『タクシーを降りました。このまま部屋へ伺っても大丈夫ですか?』とメールがあり『大丈夫です』と返信したのだ。
今は、白山亭の一室に一人でいる。人の出入りができないように鍵をかけてある。
ああ、もちろんユータさんが来るのは、日本。サンコーポ201号室だ。
対面といっても、私は鞄に頭を突っ込んで顔を出すだけになります……。絶対、不気味だよね。あ、あれだ。ハンガーに服をかけておいて、その頭の部分に顔を出せばちょっとはマシなんじゃない?
って、待たせちゃだめだろ!
急いで玄関に行って鍵を開け、外に声をかける。
「どうぞ」
カチャリと音がして、玄関のドアが開く。
「おじゃまします。えっと、ここで靴を脱いで……。上がっても、大丈夫かな?」
初ユータさん。
おお、あのバイクの免許の写真から随分年取ってる。当たり前だけど、新鮮だよ!
「初めまして。えっと、見られて困るものは一通り布かぶせてありますので、出てるものは勝手に使ってもらって大丈夫です。遠慮せずに、上がってください」
下着はもちろん、就職情報誌とか、合コン必勝テクとかあやしい見出しが躍る雑誌とかも隠した。
ああ、いや、別に、ユータさんに見栄張る必要もないんだけどさ、無駄に個人情報流出する必要もないよね?
い、いい訳じゃないよ……ごにょり。
「えーっと、それから、色々と話をしたり相談したりするときなんですが……」
ユータさんの横に視線を向ける。
今は、鞄を通じて声だけ届けていて、私の姿はまるっきり部屋にない。スピーカー状態で電話で会話しているのと変わらない。
「手とか顔とか出すと、宙に体のパーツだけが突然現れてすごく不気味なので……」
「あー、もしかして、コレ?」
ユータさんが、玄関入ってすぐの小さなキッチンの壁にかけておいたワンピースを指差した。
察しのいい人だ。
「ちょっと待ってて」
ユータさんはひょいと色々まとめて抱え上げ、部屋の中へ行き、ぶつぶつと言って部屋を出てドアを閉めた。
そして、何故か、キッチンの壁にかけたワンピースから少し離れた場所に正座する。
え?何待ち?
「楽しみだったんだよ。佐藤さんに会えるの」
うわっ。何気にハードル上げてくれるっ。よ、よかった。メイクしといて。
「は、初めまして」
壁にかけたワンピースの頭が出る位置に合わせて鞄から顔を出す。
ん、やっぱり不気味かな。ワンピースをつかんで、肩袖だけ腕を通して、首元部分を首に当てる。幾分増しなはず。
「うわっ、佐藤さん、思い描いていたイメージと違うっ」
「え?」
何がどう違うの?まさか、思っていたよりもオバサンとかそういう……。ね、年齢とか言ってなかったもんね?
小説とかじゃ、少年少女が異世界に行く話しが多いけどさ……。
私の表情が落ち込んだのを見て、ユータさんが慌てて手を左右にふった。
「あ、ごめん、違うんだ。異世界に女性が一人で迷い込んで生き抜くのって、すごく大変なことだと思うから……。もう少し、野性味のある人とか想像してた」
確かに、ユータさんの山小屋で何もかも自力で生活しようと思ったら、狩猟とかも必要かもしれないけど……ミリアの街で普通に色々手に入ったし。って、それって、マーサさんのおかげなんだよなぁ。もし、お金もなく話も通じないままだったら……。
自力で食料を得て生活していかなければならなかったかもしれない。川が近くにあったけど、魚とか捕まえることができただろうか?……自信ない。そう考えると、改めてマーサさんには感謝だよ。……ラトにも。
「想像していたよりも、ずっとかわいらしい人でびっくりした」
かっ、かわいい?
思わず頬が熱くなる。
アラフォーになって、まさか、かわいいとか言われるなんて……。お世辞でも照れるわ!
「ユータさんも、電話も通じないような場所まで、世界中旅しているといっていたので、もう少し野性味のある身なりをしているかと思っていました」
ユータさんが、ニッと笑う。
「無精ひげを添ってきた甲斐があったな」
「私も、メイクした甲斐がありましたよ。こっちの世界じゃぁ、ボウリィですから」
異世界語でボウリィ(少年)と言うと、ユータさんが笑い声を立てた。私も一緒に笑う。
初対面での緊張がコレで解けたよ。
ユータさんは、文明から離れた場所を旅しているからといって、ヒッピーのような伸ばした髪や髭姿というわけではなかった。
また、ファイトーイッパーツのように、ランニングシャツで筋肉自慢という感じでもない。ダンガリーシャツにブラウンのチノパンというシンプルな服装ながら、清潔感がある。
きっと、異世界へのつながりを探して、過酷な場所へも足を運んでいるだろう。一見、普通の体型に見えるが、きっと服の下にはそれなりに鍛えた体が隠されているはずだ。熱血スポーツマンのようにぎらぎらした感じも無くて、優しそうな顔つきだけど、実はすごいって……。
有名なアルピニストを思い出した。見た目が普通のサラリーマンみたいなのに、アルプスとか上りきっちゃうの。すごいよね。
「それで、今の状況はどうなっているの?」
打ち解けたところで、早速相談に入る。
「わかった。とりあえず、イリュージョンの店には早速足を運ぶよ」
ユータさんの言葉に、部屋へ続く扉に視線を送る。
「早い方が助かりますけど、その……大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。あっちも、ちゃんとしてあるし。僕の方は、時差ぼけには慣れっこだからさ。あーっと、部屋の鍵だけ貸してもらってもいいかな?」
ユータさんは色々と考えてくれているようで、助かる。
部屋の鍵も、開けっ放しじゃぁ無用心だし、かといって、私がいつも鍵を開けられるわけじゃない。だから、鍵をユータさんが持って出てもらったほうが合理的だ。
「じゃぁ、このあたりのことは、任せて。何とかなると思う」
「はい、じゃぁ、お願いします」
鍵を手渡し、部屋を出て行くのを見送ってから、大きく息を吸い込む。
がんばろう。




