233 回しと投げ
「必要な物は、テーブルクロスですね。衣装もそろえましょう!今からすべて作るのは難しいですが、兵士の制服を元にすれば間に合うと思います。侍女たちに頑張ってもらいます!メンバーの体型も揃った方がいいですよね?侍女たちにメンバー選抜の意見を聞いてまとめるというのはどうでしょう?」
ランちゃんが大興奮して計画を考える。
メンバー選抜に侍女の意見って……。それ、兵士の人気投票的な?
まぁ、ある程度イケメンでそろえたほうがさらに見栄えはよくなるだろうけど……。
ランちゃんは、目の前で繰り広げられる実験に目が釘付けだ。
いつもの訓練に、テーブルクロスを加えただけ。それだけで、十分見栄えがする。ランちゃんが目を輝かすほどに。
訓練の動きがそのまま使えるので、私が動きを覚えて見本を見せる必要もない。いくつか剣の動きには無い動きを覚えてもらはなければいけない。「回し」と「投げ」だ。ダイナミックな方がいいもんね。
それから、フォーメーションを取り入れれば完璧!
教官に、回しと投げとフォーメーションを説明すると、あとは任せてくれと強い言葉をもらった。
うん、よし。これで一つ演目が増えた。
部屋に戻り、カーベルさんに演目が増えたことを報告する。それから、先ほどの教官にフォーメーションを組むために必要な舞台の広さなどを伝えてもらえるようにお願いしておく。
「ありがとうございます。何から何まで……」
カーベルさんがお礼を述べる。
「普段から訓練を頑張っている皆さんだから出来ることなので、私の力じゃないです」
「聖女様のおかげで、午後は舞台が埋まりました」
午後は……か。午前は……何の予定もなし。
日本の祭を思い出す。舞台って、いったい何をしていたんだっけ?
カラオケ大会とか、地元の太鼓サークルの演奏とか、平均年齢64歳のフラダンスチームや、平均年齢10歳のチアダンスチームの演技。
それから、キャラクターショーや手品や大道芸……。
そうだ!
「一日二回公演!」
ショッピングモールのキャラクターショーや手品は、午前に1回、午後に1回とかやるじゃない!何も、無理に演目を増やさなくても……。
「カーベルさん、午前と午後の二回同じことしてもらえば、午前も舞台が埋まるよね?」
カーベルさんが、申し訳なさそうな顔をした。
「兵士は、交代で警備の仕事もありますから、午前と午後の両方というのは難しいですね……。楽団はお願いすれば可能だと思いますが……」
ああ、そうだった。本業じゃなくって、兵士は副業だ。
聖女も、午前に見せるわけにはいかない。何度も起きる奇跡なんて奇跡でもなんでもない。
陛下がいない午前中なら、ちょっとくらいミスしたっていいだろう。曲数を増やしてがんばってもらおう。舞踏会とかでは、長い時間演奏するらしいし。あとでランちゃんにお願いしておこう。
……。楽団の人たちには負担かけちゃうけど……。午前中は何もないのも寂しいし。一日だけの祭だもの。たっぷり楽しんで欲しい。
聖女が奇跡を見せた後、祭が予定通り続くかもわからないし……。
それから今日中に、聖女のイリュージョンの詳細を決めないと。ユータさんとも相談して、助けてもらおう。
で、ランちゃん、オーシェちゃん、オージェくんと私の動きをリハーサルしなくちゃいけない。
オーシェくんとオージェくんをカーベルさんの屋敷に連れてくるわけにはいかないから、ランちゃんに来てもらうしかない。……どこに?
熊屋亭でいいか。隠し通路からルイスの部屋にランちゃんに来てもらえば。
ああ、便利だ。熊屋亭!
でもまって、蝶番とか使って作ってもらっているイリュージョンの道具はでかいよね。あれはどこひ運んでどこに置いてもらえばいい?練習もしなくちゃならないよね?
カーベルさんの屋敷じゃ目立つし。聖女と繋がりが露見しない方がいいだろうし。
……。どこか空き家とか倉庫とか借りたほうがいいかな。ウルさんに後で相談しよう。
「仕立てを秘密裏にお願いできる人が見つかりました」
白山亭に戻ると、オージェくんが少し嬉しそうな顔をして報告してきた。
「本当?よかった」
「それで、何をどう仕立ててもらえばいいですか?」
オージェくんの問いに、白い布を出して、作って欲しい形を説明する。
「これを、こうして、こんな感じにして」
「はぁ…?」
ぐっ。私の説明下手?オージェくんが首をかしげている。
基本は聖女服と同じでいいんだけど……伝わらない。
「仕立てを頼んだ人のところまで馬車は出せる?」
「ええ、いつも食材の仕入れも兼ねていますから馬車で移動していますよ」
じゃあ、私が行っても足手まといじゃないよね。オージェ君が走って行くとかなら、とてもついて行けなないけど。
「私も行くわ。行って直接説明します。もし、分からないところがあって、何度も往復してもらうというのも時間の無駄ですから」
久しぶりに国境を越えて、キュベリアに入る。
街には活気がある。ほんの少し距離が離れただけなのに。トルニープとキュベリア、国が違うだけでこんなにも人の表情が違う。
ルイス姿では目立つので、馬車の中で街娘に衣装チェンジ。オージェくんも、馬車を預けて戻ってくると街の人間と紛れて分からないような服装になっていた。ルイスの元で働いている時の服装は異国風の小奇麗な服だから、目立つもんね。
「それで、仕立てをしてくれる人ってどんな人なの?」
「申し訳ありません。どうしても口が堅い本職の人が見つからなくて、本業の片手間に仕立てをお願いすることになります」
「うん、それは構わないけれど、本業の片手間って間に合うのかな?」
祭までもう日がない。
「数日身に着けるための簡易的な仕立てが得意で、手は早いということです」
「それで十分だわ!祭で使うだけだもの。丁寧に作ってもらっても、それ以後使わないと逆に申し訳ないし……」
街の中心部にある広場に近づくにつれて、人の波も多くなる。
広場の一角に一際多くの人が集まっているのが見えた。
「あちらにいるようです」
オージェくんが人ごみに向かって足を進めていく。
「あ」
思わず声が出る。
あの人ごみの向こう……。もしかして……。
次第に足が早くなる。
もしかして、もしかして……。
微かに聞こえていた声が、近づくにつれてはっきりと耳に届くようになる。
この声……。
姿が見えなくたって、この声を忘れるわけはないよ。