196 ユータさんの話
『まさか、監視や盗聴などするわけはない。そうではなく、君の言葉「過保護も行き過ぎるとストーカー」というやつだ。あれは、私のことじゃないのか?』
よかった。盗聴されてないんだ。
『ごめんなさい。誤解をさせたみたいで。あれは、私のことなんです。心配で常に何処にいるのか知りたいって、一歩間違えればストーカーだなぁと思って』
吾妻さんを一瞬でも変態扱いしちゃってごめんなさい。と、心の中で謝っておく。
『そうか。そんな相手がいるのか?』
まぁ、こちらの世界に来て、それなりに親しい人もできたしなぁ。しかも、アラフォーな私にとって、ランちゃんなんて子供みたいなもんだし、心配しちゃってもしょうがないよね?でも、私が子供だと思っていても、こちらの世界ではもう大人なんだよなぁ……。
日本じゃ、高校生とか大学生だって、まだまだ子供って思うのになぁ。
『君は、私が何処に居るのかは気にしてはくれないな……』
『吾妻さんが知らないほうが良いって言ったんじゃ無いですか』
っていうか、もう知っちゃったけどね。オーシェちゃんが口を滑らせてから。
『そうだったな。……知りたくはないか?』
知ってるけど、知りたくない。
アウナルスでしょ?私が大切な人たちのいるキュベリアの敵国でしょ?
本人から聞いてしまったら……。もう、今までどおりにしていられないと思うから……。
知ってるけど、知らないふりをさせてね。
『知らぬが仏と、ユータさんも言っていたらしいです』
ラトが、ユータも言っていたと言って、何かを隠してたよなぁ。何だったっけ?
『なんだ、そのユータさんも言っていたとは?そういえば、ユータというのは前にも聞いた名前だが、一体誰だ?』
あれ?今まで吾妻さんとユータさんのこと話したことなかったっけ?
『キュベリアに私が来る前に居た日本人です』
『居た?今は居ないのか?』
ああ、何処まで話をしたらいいのかな?
吾妻さんは、日本に戻ることを諦めたんだよね?
違う、言葉が悪いな。『グアルマキート戦記』の久司のように、こちらの世界で生きる覚悟を決めたんだよね?
何らかの理由で、日本に戻っては駄目だと思ったんだよね?
私が、トゥロンが私のせいで命を落としたと思ったときに、日本に帰ってはいけないと思ったように。
日本に帰る方法がないとすれば、こちらの世界で生きていく覚悟もそんなに辛くはないだろう。
だけど、日本に帰れると知ったら?
日本に帰る方法があるのに、帰ってはならないとなったら?苦しまない?
いっそ、帰る方法が無いと思っていたままのほうが楽なんじゃない?
『そう聞きました』
考えた末に、それだけメールした。嘘は言っていない。ラトから、ユータは居ないと聞いたもん。
何故居ないか、理由を言わないだけ。お願い、吾妻さん、聞かないで。
私の短いメールに何かを察したのか、吾妻さんはユータさんのことをそれ以上聞きはしなかった。
よかった。できれば、死んじゃったとかそういう方向で想像してくれていればいいんだけど。ああ、でも……オークションのやり取りの中で「ユータさんですか?」ってメールしたような気がする。それって、ユータさんが生きていると思っているって証拠じゃない?
うわー。やっちゃったか?
すごく迂闊だった。
『ところで、もし、吾妻さんが何処にいるのか聞いたら教えてくれるんですか?』
話題をそらしとこう。
『君が望むなら何時でも』
『知らないほうがいいと言ったのに?』
『もし、君が私の居所を知りたいのなら、すぐにでも迎えに行くよ。もちろん、嫁として』
ああ、いつもの嫁ネタの冗談だ。
ホッ。どうやら大丈夫かな、吾妻さん。
次の日、炊き出し中にオージェくんが他の人に聞こえないように、私の耳元で囁いた。
「聖女様、聖女様のお顔を拝見したという者が居て皆の間で噂になっています」
まさか!
背中が冷たくなる。
いつもは、顔半分ベールで隠している。顔を見たということは、ベールを外したところを見られたということ?
屋外でベールを外すのは、人目に付かない路地などで白装束を脱ぐ時だ。
やばい。人が居ないか確認してはいるけれど、見られていたんだ。
熊屋亭に出入りしているのも時間の問題かもしれない。
どうしよう……。
屋外でベールを外さないようにするためには……。誰か協力者が必要だよね。家を貸してもらうとか。
いや、自分で家を借りればいいのか?炊き出しのための店?炊き出しの際に売っている品を出す店?
店に従業員を何人か雇えば、その従業員の振りをして店を出入りすればごまかせるかな?
……ああ、それか、謎めいている聖女ではなく、そろそろ情報をわざと小出しにするっていうのもありなのかな?
例えば、カーベルさんに協力を願い、カーベルさんの屋敷を出入りするとか。ああ、そうすれば、聖女の炊き出しの首謀者が元宰相のカーベルさんだと思われるよね?革命が成功した後には、カーベルさんの屋敷にトゥロンがいたことも分かるだろう。そうすれば、炊き出しで国民を助けていたのは、新王トゥロン様ってことになって「トゥロン王ばんざーい!」ってことにならない?
ああ、それ良いかも!
聖女の正体も隠せるし、トゥロンの株も上がって、まさに一石二鳥だ!
よし、ちょっとトゥロンとカーベルさんに相談してみよう!
「噂は、顔を見たというだけなのね?まだ、ばれてないわよね?」
念のため、噂の詳細をエボンさんに確認してもらうことにした。
「とりあえず、今後より一層気をつけて行動します。それから、対策を何か考えますね」
と、オージェくんに伝え、いつものように炊き出しは皆に任せてその場を離れる。
いつもより慎重に路地を進む。
人が居ないのを確認する。後ろだけでなく前後左右、そして上下も確認。窓から誰かがのぞいている事も無いよね。
よし。
まずは目立つ白装束を脱いで急いでスカートの中の鞄に押し込む。それから、用心のため、再度周囲を確認。ベールを脱いで急いでその場を離れる。
今日は、ギレン子爵に探りを入れるんだ。
金の流れについて、何かつかめるといいな。




