197 お菓子の誘惑
「では、お願いします」
ルイスに戻り、ウルさんと最終打ち合わせをして、いざ敵陣へ。
ギレンの屋敷に到着すると、しばらく待つようにと客間に通された。
「アポなしなのに、一国の宰相にこんなに簡単に会えるものですかね?」
ウルさんの耳元で呟くと、
「普通は無理でしょうね。それだけ、この国が歪んでいる証拠でしょう。果たして、宰相としての仕事をしているのかどうかも怪しいですね」
ああ、やっぱり。
普通は無理だよね。商人風情がアポ無しで宰相に会うなんて。
あれ?でも、桔梗屋レベルの商人になれば、アポなしでも将軍に会えちゃったりするのかな?って、あれはただの子供向けのアニメの中だけの話だっけ?
そういえば、あの将軍、足利義満って確か日明貿易で財を成し、力を付けたんだよね?
貿易ってことは、商人が間にいるはずだよね?足利義満は、商人と懇意にすることで貿易を成功させたのかな?
って、待て待て。子供向けアニメの設定が史実と混じっちゃってるよ!駄目だ、混乱してきた。
「どうかされましたか?ルイス様?」
馬鹿な考えに頭をぶんぶんと振っていると、ウルさんを心配げな顔を見せた。
「いえ、ちょっと祖国のとある将軍と商人の話を思い出したんです。まぁ、その話の主人公は坊主……聖職者なんですけど」
「聖職者と将軍と商人……」
ウルさんが神妙な顔をして私の顔を見た。
「実に、気になる話ですね。まるで今の私たちのことのようだ」
え?
あ!聖職者って、聖女?私は一休か!
じゃぁ、ウルさんは新右衛門さんだね!って、違う違う!ああ、でもオーシェちゃんがさよちゃんってのは似合いそうだ!いや、だから違うって!そんなこと考えてる場合じゃないって!
「どうしました?何か楽しそうですね?」
あれ?私、楽しそうな顔してた?
「ごめんなさい、何か、緊張感の無い顔しちゃいましたね。故郷の、その話は面白可笑しい子供用のお話なんです。全然私たちとは違いますよ?」
「そうなんですか。楽しい話なんですね。ボスも知っているでしょうか?」
「あづ……ボスも、知っていると思いますよ?」
「そうですか」
ウルさんがちょっと嬉しそうな顔をする。
「ボスも、その話を思い出したら、ルイス様のように楽しい気持ちになってくれるでしょうか?」
そうか。ウルさんって本当にボスのこと好きだよねぇ。ボスが楽しんでもらえるのが嬉しいんだ。そうか、そうか。
「そうですね、ボスに会ったら、故郷では考え事をするときにこういうジェスチャーをするんですよねと、言ってみてください」
と、あの有名な一休さんのとんちをひねり出す時のしぐさをやって見せた。そういえば、外国人は胡坐がかけないと聞いたことがあるけれどウルさんは大丈夫かな?
「いやいや、待たせたな。どうした、何か困りごとでも起きたかね?」
突然、何の前触れもなく、乱暴にドアが開けられ、アラフィフに見える小柄な男ギレン子爵が入ってきた。
ああ、びっくり。突然部屋に入ってくるとか、喋ってるとこ聞かれたらやばいからやめて!
慌てて立ち上がり、礼を取る。
「まぁまぁ、座ってお茶でも」
ギレン子爵の後ろから付いてきた侍女が、テーブルにお茶を並べた。子爵がソファに腰掛けるのを待ち、私とウルさんも座る。
「実は、折り入ってお願いがございます」
座るや否や、ウルさんが口を開く。これは、ウルさんの作戦の一つだ。
お願い事がある人間だと思わせることで、ギレンに「味方」だと思わせるのだ。味方というか、敵ではないと。望みをかなえてくれるギレン様に擦り寄っていると思わせる。
「願い?このギレンに任せておけば何でも叶えてやるぞ、心配することはない」
相変わらずの自信たっぷりの態度。そして、指先でついついと何やら要求するジェスチャーをするあたりは、大物感ゼロだけどね。
「ギレン様、その前に、本日はお茶請けにと、お菓子をご用意させていただきました」
本題に入る前に餌をばら撒かないと。
テーブルの上に置いたお菓子の上にのせていた布を取り払う。
ギレンが興味深げに皿の上に載せられた菓子を一つつまみ、顔の前にもって眺めている。毒は入っていないということを証明するために、ウルさんと私も一つずつ手に取り口に運ぶ。
それを見てから、ギレンも口に入れる。パリンという音とともに、ギレンの顔がほころぶ。
「これは、初めて食べる。美味い」
「お気に召していただき、嬉しく存じます」
「これは、何と言う菓子なのだ?」
ギレンの質問に、ウルさんがよどみなく答えていく。まぁ、しっかり打ち合わせしたからね。とはいえ、時々は通訳の振りもしてもらってるけど。
「ポテトチップスといいます」
そう。今日用意したのは、ポテチだ。
揚げ物文化が盛んなピッチェでも見たことはなかった。もちろん、ジャガイモを揚げたものはいくつかあった。ジャガイモを短冊に切って揚げたポテトフライや、茹でて潰して丸めて揚げたじゃがまるなど。だけど、薄く切って揚げたポテトチップスは見なかった。
「うむ。ポテトチップスというのか、もぐもぐ」
ギレンの食べる手が止まらない。
とても気に入ってくれたようだ。分かるよ、分かる。ポテチ、食べだしたら止まらないよねぇ。一袋開けたら最後のかすかすまでしっかり食べきっちゃうもん。例え、ダイエットを宣言した次の日でさえ。一口だけと思っても、止まらないんだよ。
食べ終わるのを待っていたら話が進まないので、そのまま交渉を続ける。
「本日は、このポテトチップの材料をお持ちいたしました」
ウルさんが華美な壷に入れたピッチェ産の極上オリーブオイルを取り出す。
今回のことで初めて知ったんだけど、ポテチってサラダ油で揚げるよりも、オリーブオイルで揚げるとさらにおいしいんだよ!
「ほう」
ギレンの目じりが少し下がる。
「中身は極上の食用油です。あとはジャガイモと塩があれば作れます。レシピはこちらにしたためてあります」
そうして、木の板に書いたレシピを渡す。紙ではなく木の板に書いたのも、ウルさんの作戦。紙は貴重品だからレシピごとに使えないと思わせるためだそうだ。こういうところが、ウルさんって細かい!
「なるほど。屋敷の料理人でも作ることが出来るんだな。それはいい。材料も油とジャガイモと塩と手に入れるのも容易だな」
やっぱり。いくら極上の食用油と言ったからと、所詮は油だ。わざわざルイスを通して入手する必要はないと思うよね。
てなわけで、餌の価値を揚げるための仕込みはしてあるよ。
「確かに、材料を手に入れるのは容易ですし、レシピに書いてあることは難しいことではありません。しかしながら、調理するためにはとても技術が必要なのです」
例えば、油の温度管理。この世界では薪で調理する。そのためガスレンジのように簡単に油の温度調整ができない。ピッチェではそのあたりは長年の鍛錬の賜物で良く心得ている。しかし、揚げ物文化がない世界でいきなりまねようとしても、油に火が引火して火事の恐れもある。と、そんなことは流石に貴族の調理場を預かる人間なら火の調整くらい心得ているかもしれない。
技術の問題はそれじゃない。




