174 またまた聖女の危機?
『トルニープがアウナルスに戦争を仕掛けるという噂を耳にしました。単なる噂であって欲しいと思います』
何処まで書いていいのか、悩みに悩んだ。
まだ噂の段階だから、全く知らせないということも考えた。
ウルさんが吾妻さんに私のこと以外の報告をしていない分けは無いと思う。戦争が起きるというのであれば、私の安全を考えて戦地を離れるような判断も必要になってくるだろう。
ウルさんの耳に入ることが、私が全く知らないというのも変な話なので、とりあえずは簡単に報告することにした。
『まだ、トルニープはそんなことを考えていたのか……』
と、吾妻さんの返信。
ん?「まだ考えていた?」
っていうことは、昔からトルニープはアウナルスに戦争を仕掛けようとしてたてこと?
今更な話題?
あれれ?
『あまり心配しなくても良いと思うが、万が一に備えて、何時でも逃げられるようにしておくように』
吾妻さんのメールは、あっけらかんとしたものだった。
昔から、トルニープはアウナルスと戦う戦うと言っていて、実行しない「口だけ戦う詐欺?」
あれ?でも、今回は……「ランちゃんがアウナルスにさらわれた」ということにしたんだよね?本気じゃないのかな?
ますます分からない。
頭が働かない。今日は、読書はやめて寝よう。
じゃない、読書はやめて、ノートにメモメモ。
貴族からの情報一覧。今のところ、戦争ある派とない派は五分五分。
えーっと、それから近隣の街の情報。簡単な地図みたいなのがあるといいなぁ。
有料店の方の商品リストに売り上げ表。……あ、もしかして有料の方は税金が関わってくるかもしれない。ちゃんと記録していかなければ……。でも、無料で配っている分とあわせれば、仕入れでトントンどころか赤字で、儲けはないからなぁ。とりあえず、福引券の取引のある飲食店にでも相談してみるか?
など、書き出したら次から次へと必要なこと、考えるべきこと、処理すべきことが出てきて頭が痛くなった。
次の日、朝食を取りに宿屋の一階の食堂へ降りていくと、宿屋のご主人が顔を出した。
「ルイス様、これをお預かりしております」
そう言って渡されたのは、一枚の木の板だった。例によって、紙じゃないけど手紙だ。ウルさんが受け取ると、声に出して読んでくれた。助かる。まだ文字を読むのは時間がかかるからね。
一日目にまわった貴族の一人からの商品の注文書だった。
そうだった。表向きは商人だった。これから、貴族をまわればまわるほど、こうして注文も入ることになるだろう。
毎回宿のご主人の手を煩わせるのも申し訳ない。どうしたものか……。
また一つ、考えなければならないことが増えた。あとでメモしておこう。
チャルメラ代わりのランちゃんの歌声を流しながら、北の広場を出発して中央広場へ移動する。もうすでに、中央広場では炊き出しの準備は万端に整っていて、後は私の到着と開始の合図を待つばかりとなっていた。
噂が噂を読んで、炊き出しの手伝いをする人の数も増えている。ガイルさんが声を掛けてくれ、ガードマン隊も増えた。皆、真面目にてきぱきと働いてくれる。
なので、早々にオーシェちゃんたちに任せて、私は離脱。
路地に身を潜め、すぐにスカートの中のカバンの中に手を突っ込む。
何度か襲われたので、念には念を入れることにした。
路地の先に人がいないのを確認して進む。カバンの中では、しっかりと用心。昨日ちゃんと電池の確認もした。大丈夫。
路地の角を曲がるときも、無防備にしない。ちゃんと先を覗いて、人がいないことを確認して行く。已然、ドアが開き中に引き込まれたので、ドアがある場所は、なるべく遠くを足早に通り抜ける。
全く人気も人目もない場所を見つけ、急いで聖女服を脱ごうとポケットから手を抜いた瞬間に、それは起こった。
後ろにザンッという音がしたかと思えば、ふわりと小さく風が髪を揺らす。
しまった。
ドアじゃない。
二階の窓だ。二階の窓から私のすぐ後ろに人が飛び降りてきたのだ。
すぐに、背中から腕を絡まれ、動きを静止させられる。
やばい。
待って、落ち着いて。
手は、手は動く。
ポケットの中、カバンの中に……。
アラフォーなめんなぁ!
護身用にスタンガンくらい持っているさ!ちょくちょく電池を確認しないといけないとか、結構嵩張って重たいとかで結局一ヶ月ほどで持ち歩くのやめちゃったけどさ。
オーパーツだけれど、相手に渡すわけじゃない。きっと、相手は一瞬のことで、何が起こったのか分からないはずだ。
相手が驚いてひるんでいる空きに逃げる。
スタンガンのスイッチを手探りで確認し、行動を頭の中でシミュレーション。
大丈夫、大丈夫。落ち着こう。
ガンガンと鼓動が頭の中に響いていたものが、少しゆるやかになる。
「何度か人をやって、危険だから王都から立ち去るように伝えさせたはずだがな……」
耳元で囁かれる声。
頭が……。
頭に鳴り響く鼓動の音が再び大きくなる。
この声の主が……、人に命じていた?
「伝わっていなかったかな」
伝わってないよ……。
痛い目に会いたくなければ王都から去れって、そう言われたんだから。
危険だから王都から去れと、意味合いが大きく違って聞こえるんだもの……。
「しょうがないな……」
涙が出る。
何故、聖女の私の心配をしてくれるんだろう。
「頼むから、王都から離れてくれ、」
この腕の主は……。
この声の主は……。
この匂いの男は……。
「ラン、分かったか?」
ああ、そうか。
私のことを、ランちゃんだと思ったんだ。
歌声をどこかで聴いて、聖女の正体をランちゃんだと思った。
だから、心配して王都から離れるようにと……。
だめだよ。
いやだよ。
離れないよ。
体に巻きついた腕を振り払うと、小さな声を出した。
震える。頭の芯がしびれてる。鼓動がうるさい。この震えは……。寒さでも恐怖でもない。
「私は、ランちゃんじゃないよ」




